No.295 12月号編集後記

 11月18日大阪で日本ライトハウス創業90周年記念式典が行なわれました。
 創設者岩橋武夫氏の業績は数限りなくありますが、本稿は氏とセンターに関わる中の一端を思い起こし往事を忍びたいと思います。

 氏が亡くなったのは1954年秋で、私がジャーナリストを目指して進学した年です。その夏第4回全国盲大学生大会が大阪で開かれました。氏は持病の喘息で大変な中大会に来られ、フロアにいた私に「将来の盲界を背負って立つのは君ら若者だ。頑張りたまえ」と固く握手していただいたことが忘れられません。私が活動できた根源は氏の激励の言葉と手の温もりです。
 1949年大学の門戸が開放された時も、2年後日本盲大学生会が組織された時も、氏の力大でした。同会で「全国の大学に学ぶ盲人が孤立しないための情報の発信や、研究発表の場の機関誌が必要だ。費用は一切ライトハウスで引き受けるから編集だけしてほしい」と言われ、氏が期待を込めて命名した『新時代』が発行されました。まさか自分自身が就職浪人するなど思いもしなかったことですが、まもなく会も自然消滅して『新時代』も廃刊になりショックの連続でした。
 2年後私は待望の点毎に入社できました。私が味わった苦渋と盲界の未来を思う時、学生会の目的をクリアしなければならないと、1961年7月、仲間に呼びかけ大阪で文月会を立ち上げました。『新時代』も1963年4月創刊して、31号からは現書名『視覚障害』と誌名を変更して継承、295号を数えました。
 氏が1922年点字文明協会を作り、清水幾太郎とか小泉信三などの学術専門書を出版しておられ、高校生時代、私は買い求めました。今はこの種の本がセンターでしかないのは考えさせられることです。(編集長 高橋 実)

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