No.306 11月号編集後記

 去る10月19日、当センターの重要な年中行事である「競い合い、助け合う コンサート2013――羽ばたけ視覚障害音楽家たち」が成功裏に終わりほっとしております。
  このコンサートは若い視覚障害音楽家の社会参加を推し進めたいという企画で、今回は箏の澤村祐司さんとその後輩4人(晴眼者)、中国笛の楊雪元さんにご出演願いました。
 例年、和と洋の出演者を選びたいのですが、若い邦楽の有望な人が見当たらず思案しています。そんなこともあって、来年助成金が認められれば、音楽、特に邦楽家の過去、現状、未来についてプロジェクトを立ち上げ、提言作りをしたいと思います。
 そこで久しぶりに9月29、30日の両日、都内で開催の第51回日盲連音楽家協議会(富田清邦会長)の全国音楽演奏会と福祉大会に参加しました。両日とも竹下日盲連会長、笹川都盲協会長が出席され、心強い挨拶がありました。
 竹下氏は「邦楽が視覚障害者によって発展し、顕彰されてきた。邦楽に限らず音楽が視覚障害者にとって重要な職種として位置付けられていることを大事にしなければならない。その伝統を引き継いでいけるかどうかが問われる今」として、3つの条件を挙げるとともに、「音楽の分野に限らず視覚障害を有する自営業者(個人業者)の職業的自立を支援するために職場介助者や外出時の支援などを早急に実現させなければならない」と決意のほどを語りました。
 演奏会には全国から123人(うち視覚障害者24人)が参加して、楽しく聞かせてもらいました。ただ、福祉大会では竹下氏が専門家であることからか、「ガイドヘルパー、同行援護、介護保険、ホームヘルパー、代読代筆支援などについての質問」が圧倒的で、ここでも現実を見せつけられた思いでした。

  こうして前向きに生きている諸先輩の業績を絶やさないためにも、若手演奏家を見出し、育て支援していくことが今、指導者に課せられた義務だと思います。では盲学校の音楽教育環境はと言えば、知る限りでは69ある全国の盲学校で音楽科の看板を掲げているのは3校のみ。しかし京都と大阪府は開店休業、肝心要の筑波附属も今年度末で邦楽科の教師は退職し箏科の生徒もゼロとか。私が在学していた戦後間もなくまでの盲学校は理療教育一辺倒でしたが、それでも才能があって家庭に経済的なゆとりのある人は邦楽の道に進んでいましたから、今60歳代以上のお師匠さんが沢山おられるのに比して、若い邦楽演奏家は5本の指にも足りない程です。

  以前の盲学校の校内はお箏や三味線の音でいっぱいでした。先頃の大会で会費会員は50人と報告されていました。日盲連音楽部が1966年4月現在で「盲音楽家の実態調査」をしたという記事が点毎に出ています。
それによりますと、盲音楽家の人数は推計で500人、地域盲協への加入率は60%、回答者は236人(邦214、洋22)、性別は邦楽男67人、女147人、洋楽男19人、女3人。
点字と楽譜の使用状況は、邦楽家で点字を使える人69%、点字楽譜を使える人47%、専門種別は箏曲家205人、他に長唄、琵琶、ピアニスト8人、声楽家7人、ヴァイオリニスト2人、その他5人、とあります。
 『点字音楽の友』も年4回、京都ライトハウスから出ており、日点研から邦楽の楽譜も出していたようです。富田氏によると現在音楽部を設置している盲協は京都、兵庫、神戸市、福岡だけだそうです。

 いずれにせよ、日盲連は一層音楽家を支援し、継承していく施策を講ずるよう期待すると共に、盲学校は「一太郎やーい」ではありませんが、個々の適性と能力に合った児童生徒を探し出し、趣味からでも音楽教育を実践して欲しいものです。「盲人に比較的適した職業と言われるものがまた1つ消えていかないよう」関係者は危機感を持って取り組もうではありませんか。

(編集長 高橋 実)

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