No.323 4月号編集後記

 新年早々の点毎1月11日号「全国初の柔整科を新設――4月から大阪府立支援学校」という記事を見て驚きました。ただ、点毎も事実だけの報道でしたので、理教連など盲学校関係者や盲界マスコミの反響を見たいと思い今日まで私見を述べませんでした。
 しかし公にはどこも無反応、点字JBニュースでも2月13日付であはき等法推進協の第7回会合の報告協議の主な中で「5の後半で大阪府盲では以前から柔整科設置運動を行なっていたが解決するまで経過的措置として関西柔整専門学校に委託生を送っていた。今回正式に同科の設置となったもの」とだけ書いています。この席には全鍼師会、日盲連、同あはき協議会、日本あん摩マッサージ指圧師会など加盟団体のトップが出席しています。点毎によりますと「視覚障害者の新たな職域開拓を目指す」とありますから、それも理解できたとしても「入学者の減少が著しい音楽科と情報処理科の募集を14年度から停止する」などは未来の盲学校教育を考えた時、問題はないのでしょうか。断るまでもなく私は理療の落ちこぼれで教育にも門外漢ですが、視覚障害者の教育、職業、福祉、文化には一日の先輩として関心を持ち発展向上に幾分なりとも関わっていかなければならないと思っています。

 昨年は『視覚障害者の就労実態調査2014―あはき施術所、視覚障害関係施設、音楽家(特に邦楽家)』を行ない、改めて伝統職種が予想以上に厳しい環境に立たされていることを感じさせられました。あはきに限った問いで「経営にマイナスの影響を与える要因は」の答えがトップ3まで晴盲同じです。
 1は無免許者が多い、2は景気が低迷している、3は柔道整復師の接骨院が多い、でした。私は一昨年夏から生活の場を東京から我が家のある大阪に移しました。家内と近所を歩いていて「鍼灸接骨院」とか「接骨院」の看板がたくさん見られることからも実感できます。もちろん同校は「理療科卒業生が柔道整復の専門学校に通って免許を取り開業している例がある」(点毎)から設置したのだと思います。同校は音楽科にしても情報処理科にしても使命感を持った仲間をたくさん送り出しています。1990年まで大学進学や門戸開放問題などに盲学校が比較的冷ややかだった頃も、同校の本間・中林両校長らは学校挙げて私たちの文月会に協力して下さったからこそ、あれほどの成果を上げることができたのだと思います。
 新職業教育で湧いた1950年代も、同校はピアノ調律師の教育で10校前後の指定校中で着実に卒業生を業界に送り出していました。事情はともあれすべてぽしゃりました。時代のせいだけでは済まされない、本当は由々しき問題で、当時の文部省や盲学校はあのような分野を取り上げ、言うならば視覚障害生徒をモルモットに仕立てたも同然だと思います。私は当時の経緯を明らかにしてそれらを教訓に、今の盲学校から脱皮してバラ色の盲学校の姿を描くべきだと思い、専門家を物色しているところです。
 それに前述しましたようになぜこのようなあはきが岐路に立っているとき「柔整科設置」に盲界マスコミをはじめ盲学校関係者から期待とか問題とか注意とかいったコメントが出てこないのでしょうか。私は点毎時代から今の月刊『視覚障害』で何回か団体や個人から抗議を受けました。出る杭は打たれるのだと聞かされながら今日に至っています。何事にも前向きな意見を出し合おうではありませんか。(編集長 高橋 実)

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