No.333 2月号編集後記

 

  本誌トップで紹介していますように昨年点字雑誌二誌が産声を上げました。とやかく言われている点字人口の中でのスタートですから前途は多難です。しかし、当法人のような小規模ではなく、この世界の総本山、日本ライトハウスと京都ライトハウスのチャレンジですから心強いです。どうぞ頑張ってください。私は女性向け雑誌と子供向け雑誌でこんなことが思い出されます。学生時代の1956年5月、東京都練馬区江古田にあった星光社(3年後日本愛盲協会と改名)から点字月刊誌『婦人文化』が創刊されました。編集者は尾崎孝子さん(1962年没)で、二、三度お邪魔してお話を伺いましたが、夢多き理論家の奥様でただただ聞いていたように思います。ご主人の銀次さんは点字製版師として有名で、勤めながら製版や印刷をしておられると聞きました。また『ニューフレンド』を創刊された高田辰夫、たけ子ご夫妻には取材でお尋ねしました。まず驚いたのは、台所にでっかい足踏み式製版機と印刷機があったことです。ご主人は兵庫盲理療科の先生で、校務で図書室を担当していて、子供向け読みものの少なさに心を痛めての決断だったそうです。ご主人は編集と校正で、点訳ボランティアだった奥様が製版と印刷をこなしておられました。ご主人が体調を崩され廃刊、4年後に亡くなられました。もう一つ、1966年4月大阪YMCA点訳奉仕グループ雑草クラブが『ぺんぺん草』を発行、隔月刊で全国の盲学校に二部ずつ寄贈するという活動がありました。クラブは1964年につくられ、私は15年近く講師をしていました。しかし、いずれも零細でしたから継続は難しかったのだと思いますが、複雑な思い出です。            (編集長 高橋 実)

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