No.334 3月号編集後記

 

 編集後記
 私は1月16、17の両日、神戸で開かれた日盲連音楽家協議会主催の全国三曲演奏会と全国盲人音楽家福祉大会を傍聴しました。初日は久しぶりに三曲の音に浸ることができました。今回は関東地区から九州地区までのお師匠さんや門下生らのべ285人(内視覚障害者20人)が30曲を披露。開演は箏、三絃、尺八の総勢24人が奏でる宮城道雄作曲の「都踊」で心が洗われました。2日目の大会は前日に引き続き竹下会長を交え、邦楽家の高齢化や生活面のことなどについてゆったりした雰囲気の中で話し合われました。富田協議会会長は7期目(1期2年)も再任され、「引継いだ時には会費を払っていた人は100人ほどおられたが、今日現在54人で高齢化と体調不良の人が多い」と実情を報告しました。また竹下会長は「特に邦楽は、あはき同様、歴史と実績のある分野だ。富田会長とも話し合って対策を立てたい」という言葉に会場は安堵感が漂った感じでした。確かに、当センターが一昨年行なった「視覚障害邦楽家の実態調査21項目」でも高齢化は突出していました。日盲連音楽家協議会と点譜連の会員108人中有効回答43人と数は少ないのですが、10代が1人、30代が6人、40代が2人、50代が5人、60代が10人70代以上が19人です。この演奏会や大会にも30代の1人以外は大半が高齢者でした。以前、福岡で当センターのコンサートにお力添えくださった先生のお名前がプログラムにありませんでしたので伺いましたら、体調不良ということでしたし、存じ上げている四国の方も、当日体調不良でキャンセルでした。時代の趨勢で、邦楽も見聞きする人が少なくなったからやる人も少ないんだ、と言ってしまえば一件落着ですが、そんなことでは済まされないと私は思います。志望者がいないから盲学校の音楽コースを閉鎖するのではなく、部活のようなものを立ち上げるなどの努力をしてでも才能のある人を掘り起すことを考えるべきだと思います。インクルーシブ教育を盲学校が支援することは大事なことですが、それによって盲学校が変わりつつあるということを見逃してはならないと思います。ここで、嘘のような本当の話を2つします。1つは、この神戸大会で高齢男性のお師匠さんが「わが母校の物置でお箏の裏の穴からネズミが飛び出してきたと言われるほどにお箏が眠っている」と嘆いていました。2つ目は私事で恐縮ですが旭川盲初等部4年の頃、戦争が激しくなってお箏の女先生が東京に戻られるという時、先生は父を電報で呼び、「この子を一人前の師匠さんになるまで預からせてほしい」と父に懇願。父が「こいつは立派な按摩さんにしてもらう」と断りました。かくいう私は厳しいお箏の先生に限らず、カラスが鳴かない日があっても校内で実さんが立たされていない日はないと言われるほど悪がきで、箏の練習では流行歌を弾き、先生に褒められた記憶はありません。先生の本意は分かりませんが、ここ半世紀そんな先生もおられなくなったのでしょうか。私はそんな父の意にも反して3年半の不登校をして、やっと岩手盲で新聞記者という目標にありつくことができました。今回も何人かは若い視覚障害のお弟子さんを教えていると報告していました。毎年開催の「競い合い助け合うコンサート 羽ばたけ視覚障害音楽家たち」も邦楽をイメージして始めたのですが…。教育現場も組織団体ももっと危機意識をもって視覚障害音楽家の未来を考えなければ取り返しのつかないことになること間違いなしです。 (編集長 高橋 実)
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