No.342 11月号編集後記

 

 編集後記
 今回は三つのことについて書きます。一つ目は、受賞者二人のことです。一人は、第53回点字毎日文化賞受賞の木塚泰弘さん(81、日本点字委員会会長)で、二人目は、第13回本間一夫文化賞受賞の岩田美津子さん(64、てんやく絵本ふれあい文庫代表)です。お二人には心からお喜び申し上げます。
 木塚さんとは文月会の仲間で、1976年10月本誌の誌名を『新時代』から『視覚障害』にと日本点字図書館の田中徹二さんが、木塚さんがサブタイトルの『その研究と情報』と提案され今日に至っています。彼との共通点は点字とお酒が「大好き」ということですが、私と違って理論家で研究者です。白杖も木塚理論で人一倍ながーいのを持っています。点毎時代企画で随分お世話になりました。岩田さんとは定年間際からのお付き合いだったと思います。出身は福岡県ですが、大阪の地で「岩田文庫」から「ふれあい文庫」にまで育て上げた女性のバイタリティーには驚きの一語です。「この道一筋」の母親です。
 二つ目は、テレビの解説放送についてです。NHKの「朝ドラ」は人気番組だそうで、私は以前の「おしん」以外はあまり見ていません。ところが、先頃終了した「とと姉ちゃん」の後半は副音声に切り替えて聴きました。出先ではそうもいきませんので、帰宅して家内に流れを聞くほどでした。今更副音声や解説放送の重要性を説くつもりはありませんが、視覚障害者に「テレビとラジオのどちらをよく聴くか」の調査で、テレビが多かった事と、本誌でも以前「解説放送の重要性」を取り上げました。今回改めて副音声の良さを実感しました。今流に言えば、合理的配慮で公共放送のNHKが率先してニュース番組などを解説放送にすべきでしょう。
 その「とと姉ちゃん」で編集長が常子などを叱り付けるところや、企画で議論する場面など、50数年前の点毎駆け出し時代を思い出しました。それよりも、旭川で闇市を彷徨った事です。「盲人=按摩は押し付けだ」と家族や先生等に反発して、不登校の前半、目的も無くふら付き、時には、遊び半分でやっていたバンドの繋ぎ資金に困り、家から内緒(家族は見て見ぬ振り)で米を持ち出し闇市で売ったりしていました。差別語ですが、「めくら蛇におじず」の生き方がその頃から私に合ったのだと思います。紆余曲折はありましたが、5年後の1950年、やっと「記者」という目標を掴み、その10年後旭川盲の同期生より13年遅れで職業自立ができました。しかし、当時七転八倒しながらも夢破れた人がたくさんいましたので、私は同僚や先輩に呼びかけて、1961年文月会を立ち上げたのです。
 「大学の門戸開放」は時代の趨勢と少子化で実現したも同然です。「学習環境の整備」はIT機器の目覚しい発展と高レベルのボランティアの広がりでそれ相応の勉強ができるようになりました。しかし、職域だけは思うように広がらず1970年代足腰の強い全視協と大手の日盲連に「雇用問題に限り共闘していただいた」という呼びかけを文書で行ないました。日盲連からはあっさり断られましたが、全視協からは了解の回答をもらい、視覚障害者雇用促進連絡会の旗挙げをして、なり振り構わず国会や各省庁に陳情や交渉で通い続けました。空しさを感じている時、人事院の守衛さんに「ご苦労様」と言われ息を吹き返したものです。普通校の教員採用、地方公務員、司法試験、国家公務員、各種資格取得などの試験に点字の導入を認めさせ、盲人の欠格条項の撤廃までは成功しましたが、これらは個々の適正と才能がなければチャレンジできません。これらも運動に強い全視協との共闘があったればこそです。
 私達が文月会を立ち上げる頃は、日盲連や全鍼師会(前・全鍼連)、理教連などが理療の問題などで議論し、「盲人の按摩専業」とか「優先」とか「A、B免許に分け福祉と医療類似行為に分離する」などで国や国会に働きかけていたと思います。そのような中で、1964年あはき法19条に「当分の間」が組み込まれたのだろうと思います。
 そのあはき法第19条が憲法で保証する「職業選択の自由」に違反するとして、柔道整復師や鍼灸師などの養成校を複数経営している学校法人「平成医療学園」が国を相手取り訴訟を起こしました。私は、点毎(28年2月7日)の「あん摩過程新設は「認められない」―あはき柔整分科会が答申」を見て、「何れ裁判沙汰になるだろう」と思っていましたが、大阪(9月9日)、東京(同28日)、仙台(同29日)と3箇所で同時に行われるとは、予想もつきませんでした。最高裁まで長期間続くのだろうと思います。
 原告の法人側は「新設を制限できるとした約50年前の法改正で障害者を取り巻く雇用環境は大きく改善し、あん摩マッサージ指圧師や鍼灸師以外の道が開けている」と主張(点毎9月18日)。同法の「当分の間」が争点です。参考までに第19条の「解説」(「逐条解説あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」厚生省健康政策局医事課編著、1990年2月10日 97頁より)を書き写しますと、
 1 本条は、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の職域優先を図るため、晴眼のあん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設の新設又は定員の増加の抑制について定めた規定である。
 2 この抑制措置が行なわれる「当分の間」とは、視覚障害者に関し、あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見出されるか、又は視覚障害者に対する所得保障等の福祉対策が十分に行われるか、いずれにしても視覚障害者がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるまでの間ということである。なお、この措置が当分の間とされたのは、学校・養成施設の設置者の職業選択の自由を制限するものであるからである。
とあります。
 これを作らせた関係団体の粘り強さを評価せざるを得ませんが、胡坐をかいていてはダメです。あえて国の怠慢と無策を明らかにするために19条を紹介したのですが、それと共に関係者は按摩の質の低下を招くような事だけは止めてください。あらゆる機会を捕らえて按摩師の資質向上を図ると共に、盲人按摩師の魅力というか良さを地で行けるようにみんながみんな努力すべきです。原告は障害者の雇用率アップを逆手にとっています。4、50年前に「程度別障害別の雇用率を」と訴え続けましたが、国は「物理的に無理」の一点張りでしたが、今回はそうは言っておられないと思います。
 個人業者の機動力と事務力を補うための介助者の配置、目的を生かしきれず開店休業になっている盲人ホームの活用、就労継続支援のA型、同B型の増設と作業量の確保などはすぐにでも声を出し行動して、それこそ一億総活躍社会とか働き方改革に乗せさせていくことです。(編集長 高橋 實)  
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