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2001年7月13日 発行 第28号 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

 相変わらず気温の変動が激しい中、北海道を除き鬱陶しい梅雨で、皆さま体調を整えられるのにご苦労されているのではないでしょうか。これからは夏本番、くれぐれもお身体に十分ご注意の上お過ごし下さい。
 私にとっても6月は、公私ともに大変でした。「私」については、次回にでも書かせていただきますが、福岡に2度、関西に3度、出掛けたほか、役所や助成団体に伺うことが多く、いささか頭の痛い思いや相変わらず腹の立つようなことが多く、生涯修行をしなければならないと思った次第です。
 去る6月18日、久しぶりに「チャレンジ」の利用生と職員の交流会がありました。私を含めて21人でしたが、うち40歳以上は6人で大半が20代という年齢構成ですからご想像頂けると思います。飛び出す歌も私など全く知らない曲ばかりです。このような時に、又、それぞれのミーティングで考えさせられることは「このような夢を持った若い利用生の社会自立のきっかけをどうすれば作られるのか」「若い職員の意欲と能力に対し、どう答えられるのか」という私なりの責任です。
 私が戦後間もなく、「盲人=按摩・鍼・灸」といった本人の選択がない状況に反発して、目標のないまま放浪し、家族、同僚、先輩達に迷惑をかけたことと、ゼロからセンターを立ち上げ、今日までの15年間運営してきたこととは「無謀」ということではつながりますが、前者は私個人の問題、後者は利用生や職員、限りなくセンターを拠り所としてくれている人たちに対する私の責任は大きいと感じています。
 弱音を吐いて責任を転化しようなどという考えは毛頭ありませんが、あくまでもそれは支える会をはじめ、不特定多数の社会の皆さま、民間助成団体、いわゆる役人が私の仕事に対する姿勢をどこまで理解して下さるかだと思い、日々、自分自身に誠実でありたいと戒め過ごしております。変わらぬ私の「思い上がり」と苦笑しておられる方もあると思いますが、国や公的機関が「公的資金」を導入してくれる訳でもありませんから自然、「後発」・「零細」・「小規模」と3つ揃った当施設では体を張っていかなければならないこともご理解いただけることと思います。
 私は記者稼業時代から今日まで、他人に対して「泣き言を言ったり、言い訳をしたりするような仕事はするな」と言ってきました。ですから、点毎時代は「鬼タカ」とか「ダンプカー」とか言われ、センター開設後は「みのセン」と言われているようです。そのセンターは9月29日、「センター創設15年、法人認可5周年、チャレンジ開設3周年」の記念事業を行うべく準備を進めています。それを機に「みのセン」から脱皮し、ユニークな支援総合センターとして思いきり羽ばたいて欲しいと願っております。幸い、「人に優しい杉並区」で活動しているセンターですから、山田区長をはじめ出来るだけ多くの区民の方に共感していただける仕事を心掛けていきたいと思います。
 その杉並区に関わる問題が4つほどあります。1つ目は、「障害者情報バリアフリー設備整備事業」で、国の補正予算で一ヶ所に480万円を投じて機器を整備し、近隣の障害者に活用して貰らおうという狙いで画期的なことだと思い、機会あるごとに関係施設に対しても、「この制度を活用するように」とPRしました。国が240万円、都道府県と実施主体の市町村がそれぞれ120万円ずつ出すというものです。杉並区の場合、担当課の対処も早く、私の希望を取り入れて進みましたが、国の方針が都や区に迅速に伝わらず、せっかちな私は些かやきもきさせられました。個々の施設の事情もあることですから、一概には言えないことですが、都や区の財政事情で国の制度にのれなかったところも幾つかあり、「地方分権」が壁になったかの感がしました。今後、そのようなことのないよう働きかけを、考えていかなければならないと思いました。こうなりますと、なおさら情報交換の重要性と協力態勢の必要性を感じました。
 2つ目は、点字出版の見積合わせを担当課が怠って、一施設に発注したということです。これについては担当課長と区長から誠意ある納得のいく回答をいただきましたが、センターの営業不足も反省させられました。最近、役所や公的機関が点字出版に関わる印刷物の発注をするようになりました。発注の役所は「公平」、「透明」、「平等」をモットーに仕事を進めていただきたいし、発注される側も読みやすく正確迅速な印刷物を提供するように努力していかなければならないと思います。往々にして「前例」とか「特殊」ということで処理されてしまうわけですが、もう点字は「特殊」ではないと、私は考えております。
 3つ目は、その「前例」です。ある団体に助成申請書を提出したときのことです。「当該市区町村長の意見書」という一項があり、区の担当窓口に電話で経緯を説明し「何れ書き込んだ書類を持って行きますから区長の意見書を貰って下さい」と依頼しました。担当課は「前例」がないからといって躊躇い、その上、申請を経由しているところにも確認の電話をしていましたが結局断られました。固執するほどの時間もなく、先方の了解を頂き、都にも説明し「都知事の意見書」を貰ってクリアしました。機会を見て、区長にも話しておこうと思いますが、区長のモットーである「区民に優しい思いやりのある杉並区作り」もなかなか「公僕」に浸透しないという実態も、私には痛いほど伝わってくるように思いました。私は、国や都が相手でしたら結果はどうであれ、思う存分話し合えるのですが、区となりますと正直びびってしまってるように思いますが、それは何故なのでしょうか。
 意見書については、以前お話ししたと思いますが、このケースではありませんが「都知事の意見書」というのがあり、私は「大手で、歴史と実績があれば都知事(建て前として)は意見書が書きやすいだろうが、センターのようなところは市区町村長のほうが、実態に即した意見書が貰えるのではないか」と思っていただけに、今回の一件は残念なことでした。
 4つ目は待望の「チャレンジ」が「法内小規模施設」として6月1日、国の認可内定を貰いました。現在杉並区を経由して必要書類を東京都に提出している段階です。まだ私たちには設置基準や運営基準は示されていませんので、法内でのいわゆるメリット・デメリットなどはわかりません。ただ私は利用生本位で、定員枠で区内と区外の比率が緩和されることを期待しております。たまたま6月で突然、区内在住の利用生が就職して退所しましたので、これまで区内と区外がぎりぎりの比率だったのがアンバランスになりました。法内待ちで区外の人、2人が待機しており、その1人はセンター預かりで通所していますので、その人を法内までの間、定員枠に入れていただきたいというお願いを区にしましたところ、「相ならん」ということでした。区の規則ですから止むを得ないことですが、区の「裁量」は働きませんでした。10月からの法内では、その割合の見直しが最大のメリットと思っております。
 何事も制約がつきもので、「先入観」、「エゴ」、「規制」、「既得権」、「前例」といったことに振り回されての日常。そこから「ストレス」もたまっていくのだと思います。このような縛りの中では前向きな「斬新な発想」が湧いてきませんし、当然、「意外性」とか「奇抜」とか「異例」といった着想が生まれてこないことだけは確かです。少なくとも私たちはそのような古めかしい言葉を、いい意味で打破していくことに心がけたいものです。

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盲学校の歩行訓練は?

 授産施設「チャレンジ」では、新利用生が通所する4月には歩行とテーブルマナーの研修をそれぞれ専門家にお願いして、実施しています。テーブルマナーは今年度、まだ行っていません。歩行訓練は一人で通所出来ることにはなっていますが、慣れない道では事故につながりかねませんから、歩行訓練を出来るだけ早く実施しなければいけないと思い、センター役員でもある谷合侑さんにご足労願っています。
 今年も3月下旬、地方から1人、通所生が上京しましたので、早速、谷合先生にお願いしました。その利用生は、バス→電車→バスと乗り継いでセンターに来ますので、その通所路に沿って訓練していただきました。4月、新利用生4人が揃ったところでセンターと荻窪駅迄と、その周辺にある郵便局・銀行・スーパーなども体験してもらいました。まず谷合先生がサーモフォームで作られた全体図と部分図を見ながら、先生の説明を聞いてセンターを出発。毎年お手伝いを頂く支える会会員で、以前は点訳だったのですが、最近は読み合わせで毎週来て下さっている関満子さんと職員2人が同行しました。センター周辺を歩き、バスで荻窪駅へ、そこで又周辺を歩いて喫茶店でひと休みして、バスでセンターに戻るという流れです。
 さすが利用生は一人歩きに慣れていて、これまで事故はありません。バスを利用する人は八丁交差点を通らなければなりません。この横断は通行量が多く、時に車と自転車などの接触事故があったりして危険なのです。センターが移転してきたときに警察にしつこく訴え、青梅街道には音の信号機を設置してもらいました。地域住民に配慮して押しボタン式です。「ない」よりはいいですが、押しボタンがどこにあるのかがわからないと意味がありませんし、車の騒音より音響信号機が音が低いことはご承知の通りです。
 八丁交差点は十字路で、青梅街道を横切る交差点は片側一車線の狭い道です。ここも青梅街道の信号機とともに設置して欲しいとお願いしたのですが、電波の関係で難しいということでそのままになっています。人身事故がおきないうちにもう一度、警察と話し合わなければいけないと思っています。それに荻窪駅北口からバスやタクシーを利用する際の誘導ラインが全くありません。センターを利用する場合、バス停0番か1番を利用するのですが、皆さん「勘」と「慣れ」で来ています。その逆で、荻窪駅に着いて降ろされる時は、バスによって何処に降ろされるかが全く分からず見当がつきません。人の善意に頼るしか道はないと思います。せめて乗り場がわかるような誘導ラインが必要ですから、区と警察に要望したいと思っています。
 歩行訓練に話を戻します。私の杖の使い方は自己流ですし、盲学校で点字の読み書きは特訓されましたが、杖の使い方など教わった記憶がありません。その自己流で大学卒業の1958年まで、東京を含めて一人歩きをしてホームから4度(青森・水道橋・四谷・三鷹)落ちていますが、多分、今のような状況ではギブアップしていると思います。いつも出歩いていて「こんなところを見えない人がよく一人で歩けるものだ」と感心している有様ですから推して知るべしです。先日、10時半から5時まで3つの会議が日盲社協でありましたので、朝、職員に送って貰い、帰りは仲間で喉を潤して9時頃新宿で電車に乗せて貰い、荻窪駅のホームまで家内に迎えに来て貰いました。送ってくれた仲間がさすがで、「これは先頭車両の2番目のドアです」と教えてくれましたので、荻窪駅で点字ブロックの上をおっかなびっくり戻っていましたら、多分危なっかしく見えたのでしょう。点字ブロックの内側を歩いた方がいいですよ」と声をかけてくれた人がいました。やはり動かなかった方が良かったのかなぁと思いながらその人に礼を言って止まりました。ことほど左様に、私の一人歩きは見るに見かねるのかも知れません。
 センターでは、盲大生の奨学金制度で2団体から公募と推薦を依頼されており、何れも採用者は決定式や貸与式に出席が義務づけられています。そのひとつはセンターが運営まで委託されていることから、決定者5人について出席と付き添いの有無など確認しなければなりません。今回は5人中2人は、会場の最寄り駅まで送り迎えをしました。その中で、私が出会ったやりとりです。
 地方にお住まいのお母様から電話をもらいました。「うちの子は大学の寮から、スクールバスで学校へ行っています。東京に出かけるとすれば、寮まで迎えに来てもらい、又、寮まで送ってもらわなければ参加出来ない。それとも家族が勤めを休んで泊まり掛けで迎えにいって式に出て、又、寮まで送り届けなければならない。それまでして出席しなくちゃいけないのか」ということでした。先方は、「センターは視覚障害者に理解がなさ過ぎる」と腹立たしく思われたのかもしれません。私は「寮から駅までタクシーか友だちに送ってもらい、駅員に電車に乗せてもらえば、こちらはホームまで出て帰りも電車まで案内しますから」と言うのですが話はかみ合いません。その後、担当職員に「主人が会社を休んで迎えに行って式に出ます。」という電話があったそうですが、私は良かったような申し訳なかったような複雑な気持で決定式に同席しました。
 最近の盲学校は、都会・地方を問わず、歩行訓練は徹底していると思っていたのです。少なくとも大学に進もうという意欲のある生徒なら、タクシーや頼み事ぐらい一人でできないと、卒業後職業自立はおろか生活自立も難しいと私は思います。盲学校は生徒減と重度化で岐路に立たされています。せめて盲学校は羽ばたく児童生徒には使用文字・歩行訓練だけはきちっとしていただくく責任を、教師は自覚してほしいものだと思います。私は日々、職員と利用生、併せて20人余と生活をしています。性別、障害、育った環境や教育によって多種多様です。その中で痛感することは、私を含めて視覚障害に対する盲学校教育の重さです。よく「世間並み」とか「人並み」とか言われますが、障害を克服しなければ一見、抽象的な「人並み」にはなれないのではと思います。それまでを受け持つのが教育であり、家庭であると私は思います。そういう環境の中で育った人たちに、力を貸して社会参加するまでと、参加後のバックアップが、私たち一日の先輩としての責務だと思います。

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視覚障害者の就労促進

 センターに、例年、何カ所かの自治体から点字による受験者があった場合に、点字化と墨字化に協力して欲しいという依頼があります。私はそのような依頼は飛び上がりたい気持ちで受けています。と言いますのは、自治体が点字受験者に対応している表れで、視覚障害者がこのチャンスを生かして、運良く就労の機会が掴めるかもしれないからです。しかし今回もそうだったのですが、「点字受験者の応募がありませんでした。また、明年お願いします。」と言うことで私の夢は儚く消えてしまいます。
 最近よく耳にする言葉に「選択」という一語があります。「地方だからパス」なんていうことを聞きますが、それも当事者の選択ですから止むをえません。センターが依頼されるのは殆どが首都圏です。都道府県や政令都市の場合、試験日が重なることが多く、心ならずも機会を失う人もいますし、居住地の問題でキャンセルする人もいますから一概には言えません。税金の無駄遣いとか、人の手を煩わしてまでと思わずに、チャンスは有効に活用して行くべきだと思います。
 6月1、2の両日、九州ロービジョン学会主催の「九州ロービジョンフォーラムin福岡 専門家講習会 ロービジョンケアの理論と実践」という長い名前の会合にお招きを頂きました。一昨年もお邪魔したわけですが、全体会での私のテーマは「視覚障害大学生の支援」ということで、「大学の門戸開放と学習」、「卒業後の就職」についてお話をしました。その前に、中途失明者の職場復帰についての懇談会がありました。
 中国・四国・九州から参加された20人余りの方の話し合いでした。私のように幼児失明とは違って、皆さん成人になってから段々視力が落ちていくという方ばかりで、「15年経ったが、まだ視力がある」「全盲になってしまった」「落ちていく中で休職期限が迫り、職場復帰寸前で迷っている」など生々しい話ばかりで胸がしめつけられる思いでした。「失明寸前に三療を修得したが、抵抗はなかった」「白杖を使うのに子どものこと、近所のことなど考えるとなかなか持てなかったが、主人から『出歩きたいなら杖を持て』と、背中を押されて踏ん切りがついた。子どもからも『お母さんみんな慣れるわよ』なんて言われたりして・・・」とからっと語る中年女性。「休職期限が迫っているけれど、医療現場に戻る勇気と職場の反応が恐く、決心が付かない。」と涙ながらに語る若い女性。「小さな会社を作っていて、段々視力が落ちていくとき家内や子ども達が手を貸してくれたのでそれ程苦労はしていない」という中年の男性。結婚しておられる方はご夫婦で参加しておられましたが、奥様のご苦労は人一倍だと思いますが「そんなことあったっけか」とあっけらかんに話していたのが、せめてもの救いでした。
 最近、若い人たちに混じって、中途失明者の相談も多くなっていますが、就労面で考えるとき、私が申しあげるのは、「中途失明者が現職ないしは、職場復帰されることが視覚障害者の職域拡大にもつながるので、苦しいことでしょうが、精神的に強くなって挑戦して下さい」ということです。また、「あなたが転職や退職されると言うことは相手のペースに乗ってしまうことですから、極力避けて下さい」と付け加えます。視覚障害者が三療以外の職域に進む場合、今なお、パイオニア的精神が要求されます。しかし、現職ないしは職場復帰で例外はあるとしても幼児失明者より周辺の対応は柔軟で、当事者もそれ程気負いがなく、比較的安定し、ひいては定着して広がりにつながるのではないかというのが、私の半世紀にわたる雇用運動の結論です。
 確かに「中途失明」という人生において最大の不幸と考えられるであろうその人達に、元の職場に、いや自分も住んでいた晴眼者中心に作られている職場に戻れと言うことは、パイオニアであれ開拓者であれ酷なことだと思います。しかし、「生きて良かった」という誇り高い、残された人生を送ろうと思えば、ひたむきな強い精神力が必須条件だと私は考えています。福岡でも「中途失明者が障害を認め、障害を乗り越えていくという強固な意志を持たなければ感激は戻ってこない」と言いきりました。特に涙しながら、生きるか死ぬかを考えている人たちにはむごいことだと重々わかるのですが、そのような環境の中に、悶々としていることからの脱皮こそが大切だと思う私です。
 日盲社協は「点字技能試験」、「就労促進」事業を私の提案通り決めましたが、それにプラスして何れもの委員長を指名され、部会長という大役に積み上げられてしまいました。三役に誠心誠意取り組み、この一期(2年)勤め上げたいと思います。点字技能師は第1回目で、全国で21人の技能師が誕生しました。第2回目の試験が11月18日ありますが、たくさんの方に挑戦していただき、1人でも多くの点字技能師が誕生することを願っております。運営委員という大役をお引き受け下さっている笹川吉彦さんが会長をしておられる日盲連が、5月18日開かれた第54回全国盲人福祉大会埼玉大会の席上、「点字の普及」「点字による情報の充実を図るため、点字技能師を制度化されるよう要望する」という決議が採択されました。又、6月15日、福岡で行われた日盲社協大会でも同様の決議が採択されましたので、この制度も近い将来「手話通訳士」同様、国の認知がなされるものと期待しております。
 就労促進委員会は事実上この4月にスタートしました。最初の仕事として、「就労促進のためのアンケート調査」を行っています。目的は国や地方自治体における障害者雇用促進施策が拡充されているにもかかわらず、視覚障害者の就労は進んでいるとは考えられません。寧ろ多くの視覚障害者にとって「現在の雇用情勢では就職できなくてもしかたがない」といった諦めムードが漂いつつあるといった、現実と国や地方自治体の就労支援施策は知的障害者を中心とした面が強く、したがって視覚障害者の就労支援のために新たな支援策を要望していくためにも日盲社協としてのビジョン作りが欠かせないと考えたからです。対象はとりあえず、日盲社協加盟施設216の理事者とそこに働く視覚障害職員です。内容は理事者に対しては、視覚障害者雇用の現状と課題、及び展望。個々人には「職務の現状と、就労促進の課題と展望」となっています。原則として理事者は記名、個人は無記名ですが、集計後、詳細調査を予定しており、個人の記名のお願いもしております。
 7月末から8月にかけて結果をまとめ行動に移していきたいと思っていますが初めてのことだけに、予定通り進むかどうかは見当がつきません。ただ運動なくして結実はしませんし、運動はあってもすぐに実るという簡単なものでないことは過去の私たちの運動からも理解できます。「大学の門戸開放」にしても「国家公務員などの点字受験」にしても「社会福祉士などの資格試験」にしても、又、「重度障害者介助者等助成金の制度」にしても、実現までには少なくとも10年以上は費やしています。私は運動家としての専門性を身に付けていないせいか、意気込みと空しさ」の繰り返しの中で取り組んできたように思います。
 私の場合、運動と取り組みはじめたのは、大学入学後からで日本盲大学生会をかわきりに日本盲人福祉研究会に引き継がれ、その後は共闘で、大阪の守る会、障害者の進学差別を無くす会、そして全視協、視障雇用連へと発展し、センター開設後は日盲社協とかかわり、今日に至っています。ですから「点字技能試験」が日盲社協を中心に日盲連、全国盲学校長会、日点委など全国団体の協力があって今日の結果があるわけですから「就労促進」も何れ友好団体との連携で結実するのではないかと思っています。

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障害者の欠格条項見直しとその後

 障害者に対する医師免許などの交付を制限した欠格条項を見直す医師法等改正法が、先頃、国会で可決成立しました。6月14日、福岡で開かれていた日盲社協大会でも、厚労省担当課の課長補佐がこの問題について講演されました。課長補佐は、見直し作業の経緯と資格取得の機会が実質的に確保されるために必要な条件整備、即ち受験や就職環境の整備について模索しているということでした。
 これについては、付帯決議の中でも「各種資格試験等においてはこれが障害者にとって欠格条項に代わる事実上の資格制限や障壁とならないよう点字受験や拡大文字、口述による試験の実施等、受験する障害者の障害に応じた格別の配慮を講ずること」という一項があります。付帯決議は法的効力は有りませんが、立法の良心をくみ取り行官の熱意に期待したいものです。
 その影響かどうかはわかりませんが、衆院議員のある事務所から私に電話があり「見直しによって試験環境や就職環境はどうあればいいと思っていますか」というようなことで、長々と話し合いました。私は、見直しなどは時代の趨勢で遅すぎたと思う。大事なことは、それを血の通ったものにすることで、点字などで受験したり、就職は職場で存分に仕事が出来る環境を作ることです。国は未だに国家公務員などに対する試験のための自己学習すら保証してないのだから、立法府としての議員もそれなりに努力して貰わなければいけない」と話しました。
 先月末、厚労省の担当課長ら3人に対しても「既に解禁されている試験も含めて新職域に取り組もうと挑戦する視覚障害者に万全の配慮をしていただきたい」とお願いしました。このようなことは、打てば響くという簡単なものではないことは百も承知です。「大学の門戸開放」、「入学後の学習条件整備」、「卒業後の職域拡大」、それらの理解を社会に求めるための活字本の出版などと私は取り組んできましたが、出版は自主努力で大半が解決しますが、後は少なくとも十数年から未だに解決しない部分も沢山あります。ねばりと根気が必要です。したがって試験環境についても、当事者が満足できるところまではどのくらいかかるかわかりませんし、進捗状況と無関係に役人は替わりますから、へこたれずに実現するまで努力していかなければならないと決意を新たにしています。

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地方議員と自治体役人の訪問を受けて

 先頃、地方の市議会議員と自治体の障害担当係長がセンターに来られました。ボランティア団体、修学旅行生、大学・高校の教職員はめずらしくありません。しかし、議員や自治体の役人が仕事と関係なく現場を見られることは、未来に向けて、理解者が増えるということで頼もしいことです。
 市議は利用生の地元の女性議員で、センター見学の後、四谷にある職能開発センターを見学して帰るということで、私はとても感動しました。利用生の家庭とどのような関わりがあるのかは別として、二日がかりで上京し、視覚障害に関わる仕事について施設を訪ねられるなど、「地方分権」がクローズアップされている時、利用生はもちろんですが私たちにとっても大きな励みになります。市議曰く、「2年前に議員になったばかりで、今は手探りです。ですから市民から要望されたことは、すぐ行政に働きかけています。視覚障害者関係では、2つほど結実しました。一人一人の雇用問題についても取り組んでいくことが、議員の使命であると思い、今回上京しました。」と言って、いろいろ質問されました。議員が広い見地で考えておられるのに、私は利用生が地元で就職の機会が与えられ実力を発揮することが出来ればと思いながら答えていたことにいささか心苦しく思いました。このような議員がうんとうんと増えてきますと、「チャレンジ」の利用性を含めて若い人たちが生きる喜びをかち取るために努力しようという夢と希望は一層膨らんでいくと思う一人です。
 IT同様、「地方分権」という言葉もよく耳にする言葉です。地方分権での功罪はいろいろ考えられますが、まず心配されるのは行政マンの幅広い見識と配慮と、当事者ないしは関係団体の働きかけの強弱です。福祉など比較的声の小さい施策が「後退」するのではないかという不安です。先頃も杉並区の行政マンの怠慢と配慮の欠如から、私は区長と担当課長に抗議をしました。行政マンのさじ加減ならまだしも、無謀な施策も出てくるでしょうし、これまでの常識では考えられないこともありますので、私たち地域住民は声を出すところはきちっと声を出し、私たちの税金を含め施策が公平になされているか注意していかなければいけないと思っている次第です。
 地方の施策は「横並び」という安易な方法を選びやすいと思います。それが行政マンにとって、一応の目安になるからだと思います。しかし、杉並区長や都知事からの奇抜な発信が国の行政を動かすようになりつつあることは心強いことです。そういうことからして、障害担当係長が見学に来られたことは意味があると思います。
 私は毎年、聖明福祉協会で行われています、聖明朝日盲大生奨学生の貸与式に推薦団体としてお招きを受けています。毎年、青梅市長が来られて、学生に激励のエールを送って下さり、一日の先輩として嬉しく思っています。その席上、私が言い続けていることは、青梅市が視覚障害大卒者に点字試験の機会を与えて欲しいと言うことです。昨年でしたか市長が替わりました。前市長はいつも恐縮していましたが、いくら恐縮されても実現するまで訴え続けることが大切だと思います。そんなときに、議員が議会を動かしてくれるような状況になれば鬼に金棒だと思っています。
 一方、自治体の係長は朝一番に「突然で恐縮ですが、ちょっと施設を見学させて頂けませんか。」と飛び込んで来られましたのでこちらも面食らいました。私は出かけることが多いもので、その上、私ごときの代理が出来る職員は恥ずかしながらおりません。ですから、殆どは約束をしてもらい、お目にかかっています。その係長さんはこの4月に現職に就かれたとかで私も直接はお話ししたことはありませんでした。2階から4階まで、担当職員の案内で見学されましたが「チャレンジ利用生の活気に溢れ、作業に取り組む姿には驚きの一声でした。ボランティアと読み合わせをしながらパソコンを駆使しデータ修正をしているのです。パソコンを苦手とする私ですからなおさらかもしれませんが、その粘り強さに感心しております。
 歴史も浅く名もない施設が、パソコン30台近くが作動し点字プリンター10台以上が存在感を示すかのようにやかましく動いているのですから、それだけでも驚嘆されるのだと思います。私が力説したいのが、国や自治体からの助成ではなく、民間助成団体のお陰だと言いたいのです。しかし、これには3分の1から4分の1の自己負担が義務づけられていますので、財政能力を問われることも確かです。そんな実態を当の係長さんにお話ししました。そんな生の声が現場で聞かれれば、いつか職場で理解者としてあるいは味方として当事者から歓迎されるのではないでしょうか。
 いつかも書きましたが、私は役所に行きますと担当者がかわっていて「勉強中なものですから」と帳面をぺらぺらめくりながら、謙虚さなど持ち合わせていないように机上論を延べまくる人がいる者ですから腹が立ちます。随分昔のことですが役所で感情が高ぶり、「あなた方を教育するために来ているのではない。あなた方に少しでもわかっていただき、そのうえ教えてもらおうと思い、お互いに貴重な時間をついやしているのだから」と言い、その後たまたまそのトップを存じ上げていましたから電話で文句を言ったものです。その主はその後、私たちの良き理解者となり、栄進されましたが、部署も替わりお目にかかることもすくなくなりましたが、あのときは先生からもしこたま叱られ上司からもいわれましたよ」なんて笑って話されますが、今思いますと、一言どころか言い過ぎたなぁと反省の気持ちもちょっぴりです。小泉ファンではありませんが、首相が「大臣は私と同じだけやってもらわなければ」と言われていましたが、大臣に限らず、役人も経験と専門性を持って欲しいと思います。行政の簡素化とかスリム化とか言って、東京都のように人も持ち分もころころ替えられると私たちも戸惑ってしまいます。ただ、身分や肩書を笠に着る人が、その任に長く居座られることはごめんです。何れにせよ役人も私たちに毅然とした態度で、そして優しく接していただきたいものです。それが古めかしい言葉かも知れませんが公僕だと思います。

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センターが9月29日記念事業

 視覚障害者支援総合センターは9月29日(土)、杉並区の後援を得て、「センター創設15年・社会福祉法人情報提供施設認可5周年・授産施設チャレンジ開設3周年」の記念事業を行います。何れも杉並区公会堂大ホール。1時から2時までは東大先端研、助教授福島智さんの講演、「バリアフリーと障害者(仮題)」。2時15分から2時45分まで記念式と感謝状贈呈。3時から4時20分までは「五線譜の世界に夢と希望を持ってはばたこう」で、南沢 創さん(武蔵野音大卒)のバイオリン、綱川泰典さん(同大卒)のフルート、坂巻明子さん(国立音大卒)のピアノ演奏。チケットは3000円で7月半ばから発売。なお、5時から荻窪駅近くの東信閣でパーティーを開く予定。

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富士奨学生と聖明・朝日奨学生合わせて10人

 視覚障害者支援総合センターでは、13年度富士記念財団と聖明・朝日の奨学生を公募していましたが、聖明・朝日奨学生選考委員会は4月24日センターが推薦した5人を採用しました。また、富士奨学生選考委員会は4月26日、センター推薦の5人を決定しました。それぞれの奨学生は次の通り。

〈富士奨学生〉
 田中 智成(筑波大学大学院)、勝島 佑太(高崎芸術短期大学)、
 片山 雅文(麗澤大学)、堀口 晃代(青山学院大学)、
 藤川 和成(花園大学)

〈聖明・朝日奨学生〉
 榊 恵里(国際基督教大学)、萬歳 梨紗(淑徳大学)、
 御園 政光(淑徳大学)、山本 明仁(桜美林大学)、
 ロイ・ビショジト(筑波大学)

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雑誌ご購読のお願いとおすすめ

 雑誌『視覚障害−その研究と情報』は日本盲人福祉研究会(文月会)が創刊号から172号(3月)まで発行してきました。同会が、去る3月末で40年の歴史に終止符を打ち、同誌は当センターに引き継がれました。
 本誌は創刊以来、この世界では異色誌として高い評価を受けながら、読者拡大では「もう一つ」でした。私は立場上、創刊号から本誌に関わっていますので責任を感じています。幅広い皆さまの期待に堪えうる内容であるかなど、反省点は数々あると思いますが、何よりもPR不足と定期雑誌であるにも関わらず、ここ2,3年「遅れ気味」などをまず、解決していかなければならないことだと思い、今回皆さまを始め、周辺の方に呼びかけて拡大にお力添えを頂きたいとお願いすることになりました。
 年6回(奇数月6回)発行で、墨字・点字・テープ・フロッピー版の4種類です。何れも年間購読料は4200円で、勝手ながら年間購読にさせていただいています。前金が原則ですが、公費・その他の事情の場合は後払いも差し支えありません。
 編集は、この道に精通しておられる方5人と私で構成し、読者の声を参考にしながら会議を開いております。5月発行のNo.173から墨字とテープの体裁を、幾分変更しました。墨字はグラビアページを復活し、各記事での写真を許される範囲で扱います。テープはテーマミュージックを含め、音楽を取り入れ、リスナーに一呼吸入れて頂ければと思います。テープに余白があるときには私の知り合いが「雑学大学」を主催しており、毎回1時間程度、ユニークな講演をしていますので、それを15分程度に濃縮したマスターをを載録します。
 なお、墨字は郵送料の節約で、第3種郵便として、障害者団体定期刊行物協会発行となっております。

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第1回点字技能検定試験を終えて――
 点字技能検定試験運営委員会 副委員長 藤野克己

 去る1月28日(日)に、日盲社協(社会福祉法人日本盲人社会福祉施設協議会)による第1回点字技能検定試験が行なわれました。この制度の企画段階から実施まで関わった一人として、感想などを書いてみたいと思います。

1.スタートまで
 1999年6月、日盲社協京都大会に先立って開催された日盲社協理事会・評議員会で、「点字技能資格制度の確立に、日盲社協として取り組む」提案がなされ、全員の賛成によってそのための委員会が発足しました。提案者は、視覚障害者支援総合センター理事長であり、日盲社協の点字出版部会長・理事である高橋実さん。手話通訳士はすでに国家資格として認められているにも関わらず、点字技能については実現していないこと、また、全国各地で点字出版や大学及び専門学校などでの点字指導の専門家が求められている状況があることなどから、いずれは国家資格を目指すものの、とりあえず日盲社協として点字技能の資格制度を作るという主旨でした。委員会は点字出版部会と情報サービス部会から委員各3名と、日盲社協常務理事により構成され、それに厚生省の専門官に加わっていただき、3回の協議を経て制度案が作られました。そして、2000年6月の日盲社協新潟大会での理事会・評議員会で、その基本計画が承認され、事実上のスタートとなりました。
 点字技能認定制度を進める上では、運営委員会と試験委員会を組織し、運営委員には、日本盲人会連合会長、全国盲学校長会会長、日本点字委員会会長や学識経験者が名を連ね、正に我が国の視覚障害関係の主だった方々に加わっていただくという、意義のある会になりました。試験委員は、点字の専門家10名に加わっていただき、氏名は非公開とすることになりました。運営委員会では、検定試験実施要領の確認、試験委員の指名などを行ない、それを受けて、試験委員会で試験問題の作成にかかりました。

2.試験の概要
 第1回点字技能検定試験の募集要項は日盲社協加盟施設及び全国の盲学校に郵送しましたが、点字毎日をはじめ、朝日・毎日・読売の3大新聞が取り上げたこともあって全国的に大きな反響を呼び、主催者側の予想を大きく上回る646名の受験申し込みがありました。その内訳は、点字使用者193名、弱視者9名、晴眼者444名です。なお、会場別では、東京会場378名、大阪会場268名でした。試験当日の2001年1月28日(日)は、前日関東地方に降った大雪の影響で特に東京会場の欠席者が多く、当日の受験者は577名でした。日程は、9時30分〜10時試験注意、10時〜12時学科試験、午後1時〜1時30分試験注意、午後1時30分〜4時実技試験の順で進められました。

 学科試験について
学科試験は全員に点字で問題が出され、解答は、点字使用者は点字で、墨字使用者は16ポイントか22ポイント(弱視者)の墨字の解答用紙で解答する方式でした。
 問題は32問あり、1問1ページ以内の片面書きでの出題。「募集要項」にあるとおり、「障害者福祉一般」「視覚障害に関する基礎知識」「国語の基礎知識」「点字の基礎知識」を内容としたもので、いずれも4つの解答から一つの正答を選ぶ「4者択一」式でした。

 実技試験について
 実技試験は、点字化試験と校正技能試験の2種類が行なわれました。点字化試験は、問題文(16ポイントの墨字、22ポイントの墨字、墨字を音声化したテープ)を点字化するもの、校正技能試験は、点字表記上の誤りのある点字問題文を、原文(16ポイントの墨字、22ポイントの墨字、墨字を音声化したテープ)と照合して、明らかな誤りを点字で指摘するという試験です。指摘の仕方については、事前に郵送した注意事項でも説明し、当日は点字見本を受験者に配って説明しました。実技試験は2時間30分の時間の中で、どちらを先にやってもいいし、時間配分も自由です。

3.合否判定について
 今年3月7日(水)に開かれた運営委員会で、試験委員会の報告に基づき、合否の決定を行ないました。その結果、合格者は21名でした。21名の内訳は、点字使用者10名・墨字使用者11名、男性8名・女性13名。合格率3.64%、27人に一人という極めて厳しい結果になりました。この結果は、運営委員会を始め関係者の当初の予想をはるかに超える厳しいものでした。

4.感想
 これまで、第1回点字技能検定試験についてその概要を書きましたが、ここからはわたし自身の個人的な見解を書いてみようと思います。

 合格率について
 試験結果がJBニュース、点字毎日、点字ジャーナルなどで報道されると、賛否がいろいろな方から寄せられました。批判の多くは、577名中21名では合格者が少なすぎるというものでした。はっきり言えることは、運営委員会として始めから3.64%という低い合格率を目指していたわけでは決してないということです。極めて個人的に言うなら、わたし自身は「合格率は10〜20%くらいかな」と密かに予想していました。それは、日盲社協の情報サービス部会が毎年開催している「点字指導員資格認定講習会」の応募者の点字のレベルをヒントにしたものでした。ところが実際は、予想をはるかに下回ってしまいました。この結果について、何人もの人から「このような合格率では、次から誰も受けませんよ」と忠告もされました。しかし、実際に携わった者として言わせていただけるなら、今回の21人以外の成績では、とても将来の国家資格を目指す試験の合格者として認められないというのが率直な感想です。点字化問題を例に取るなら、点字1ページで平均1箇所を超える誤りがあれば合格点を出すわけにはいかないと思います。
 点訳ボランティアの多くは、手元に辞書を置き、下読み・下調べを十分にし、使いやすい道具(たぶんパソコンを使っているでしょう)を使って点訳活動をされている方がほとんどでしょうから、今回の試験のように、ぶっつけ本番、参考資料は一切だめ、パソコンはだめといった極めて限られた条件で、しかも試験という異様な雰囲気の中で時間に制限があっては実力を出し切るのは無理だと思います。しかし、試験というものは本来そういうものです。

 点字を読むことについて
 今回は学科試験をすべて点字で出題しました。このことは運営委員会でも議論があり、「内容を問うなら、墨字使用者には墨字で問題を出すべき」との意見もありましたが、結局「点字技能を問うのだから、点字の読みは欠かせない条件」との理由でこうなりました。結果的には、晴眼者、特に点訳ボランティアの中には時間内に点字を読みきれない方や、読み返しができない方が多くあったようです。これは、ふだん点字を読むときにカナ文字に変換して読む機会が多いからだと思われます。もちろん、日常の活動の中ではパソコンを使ったそのような方法は効果的だと思いますが、「点字技能」の中には、指であれ目であれ点字を読む力は不可欠な要素です。

 学科試験の内容について
 点訳ボランティアから寄せられた批判の中に、「わたしたちは点訳ができればいいのであって、点字の歴史等、点訳以外の知識を問われるのはおかしい」というのがありました。これは違うと思います。点訳は大変重要なことですが、あくまでも一つの手段です。その背景となる視覚障害者の社会的状況、情報環境などを理解することによって、その活動がさらに発展していくと思うからです。少なくとも一点訳者の立場でなく指導的立場にある人は、そのようなことについても正しい認識を持ってほしいと願っています。

 校正について
 今回の試験で痛切に感じたことは、「校正」についての共通認識が育っていないということです。日頃、視覚障害者情報提供施設などで「校正」に携わっている方にとって、「校正とは、明らかな誤りの指摘である」ということは常識ですが、普段校正に携わっていない方に多く見られる傾向は、「私ならこう点訳する」という視点でチェックしてしまい、結果的にはそれが誤指摘という大きな減点につながってしまったことです。たとえば、区切って書いても続けて書いてもいい言葉が区切って書いてある場合、それを「続けて書くように」と指摘することは、校正という作業では誤りになってしまいます。繰り返しますが、「校正とは、明らかな誤りを指摘する」ことであり、さらに「一貫性をチェックする」ことであると言えます。

5.次回の概要と改善点
 日盲社協では、すでに平成13年度の試験に向けて準備を始めています。4月4日の今年度第1回運営委員会で決定した主な内容を通して、第2回での改善点についてご紹介します。

 実施時期について
 第1回は、準備のスタートが遅れたこともあって1月下旬という最悪の時期に試験を行ないましたが、第2回は11月18日(日)に行なうことになりました。この時期なら気候もいいし、雪や台風で交通機関が乱れることはまずないと思います。

 会場について
 第1回は、特に大阪会場が遠すぎるという批判が多くありました。これも、計画が遅かったために、交通の便利な会場を借りることができなかったことによるのですが、第2回は、関係者のご努力によって大阪環状線の「天満駅」から徒歩3分の天満研修センターを確保することができました。なお、東京会場は早稲田大学で行なう予定です。

 問題の公開について
 第1回試験の中で最も多かった批判は、「問題の非公開」でした。情報公開という時代の流れに逆行するのを承知で、初めての試験でもあり、問題が安定していないことを理由に、第1回試験は問題を非公開とする方針を運営委員会で決めていたのですが、第2回試験では「受験者が問題文を持ち帰ることを認める」形で公開することになりました。すでに第1回試験の学科問題について、「点字ジャーナル」が誌上で復元を試みていますが、第2回試験では、もっと正確な情報が伝わるようになると思われます。

 パソコンの使用について
 特に点訳ボランティアの方々は、日常パソコンで点訳をしているのだから、試験会場でのパソコン使用を認めてよいのではないか、との意見が運営委員会で出ましたが、協議の結果、技術上の理由で第2回試験もパソコンの使用は認めない方針となりました。

 資格の名称について
 第1回試験の募集要項では、この制度によって与えられる資格を「点字技能士」としていましたが、その後、「職業能力開発促進法」(昭和44年法律第64号)により、労働大臣(当時)が指定する技能検定試験以外には「技能士」という名称が使えないことが分かりました。そこで、運営委員会で協議した結果、「点字技能師」とすること、第1回試験の合格者からこの名称を使うこととなりました。
尚、点字表記法については、今回も『日本点字表記法1990年版』(日本点字委員会発行)に準拠するものとします。

6.終わりに
初めての試みということもあって、第1回の試験はいろいろな不手際があり、多くの方々にご迷惑をおかけしてしまったことと思います。しかし、この制度の重要性が決して低くなることはなく、今後2回、3回と試験を重ねることにより、「点字技能師」が社会的に認知され、ひいては視覚障害者を始めとして点字専門技能を持つ方々の職域が広がることを願っています。
なお、「点字技能師」の資格は、点字に関するオールマイティーを意味するものではありません。せいぜい一般の文の点字についての知識・技能を認めるものです。今後は、これにプラスする形で、外国語、理化学、数学、楽譜、情報処理などのいわゆる専門点訳の分野の研修を行なって、外国語の点字技能師、理化学の点字技能師などのように専門化していくことが望ましいと思っています。また、次回の受験を考えていらっしゃる方は、特に次の点について準備をされるようお勧めします。

 (1) 点字の読みに慣れる:指であれ目であれ、点字1ページを少なくとも3分以内で読めるようになること。また、簡単な英文記号や算数記号を覚えておくこと。

 (2) 視覚障害者福祉全般についての知識を身に付ける:点字表記だけでなく、点字や盲教育の歴史、視覚障害者福祉全般についての知識を学習しておくこと。

 (3) 校正の練習をする:繰り返しますが、「校正とは、明らかな誤りを指摘すること」ですから、『日本点字表記法1990年版』や『点訳のてびき第2版』を繰り返し読んで、規則の幅を十分に理解すること。

 (4) 点字器や点字タイプライターに慣れる:日頃はほとんど使わない点字器や点字タイプライターで書く練習を繰り返しして、ある程度速く書けるようにしておくこと。
 来る11月18日(日)に実施される第2回試験に、多くの方が挑戦されるよう期待しています。

お問い合わせ:日本盲人社会福祉施設協議会
点字技能検定試験事務局 03−3357−0090
(これは『視覚障害−その研究と情報』7月号より転載)

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第1回点字技能検定試験を実施――
 点字技能検定試験運営委員会 副委員長 田中徹二

 平成13年3月8日、日盲社協点字技能検定試験運営委員会は、第1回点字技能検定試験の合格者を発表しました。試験が実施された1月28日は、前日が全国的な天候不順で、東京会場では降雪などの影響から交通機関が一部乱れました。そのためか当日、試験会場に来なかった受験者が、東京会場(明治大学リバティタワー)で47人、大阪会場(ATCコンベンションホール)で22人ありました。したがって、実際に受験した人は、計577人でした。このうち点字使用者は202人でしたが、第1回は点訳ボランティアより視覚障害者の関心が高かったようです。
 試験は、視覚障害を含む障害福祉全般に関わる基礎的知識を問う学科試験、技能としての点訳、校正の3科目にわたって出題されました。点字技能師の称号を与えるのだから、単に点字の技能が優れているだけでは困る。特に視覚障害を取り巻く状況について一定の知識を持っていなければ、とても技能師とは言えないという観点から、学科試験が取り入れられました。また、点訳のしっぱなしで校正が不得手というのでは困る。さらに、点字に関わるのなら点字の目読みぐらいできなければ、ということで、学科試験は点字で出題されました。
 この学科問題の点字出題については、運営委員会でもさまざまな議論が交わされました。「晴眼者にわざわざ点字で出題しなくてもいいのではないか」という意見がある一方、「今のボランティアはパソコン点訳でかな入力している人が多い。校正も画面でしているので、指で読む点字を見ていない」という主張があり、「視覚障害者の気持ちをわかってほしい」という声が大勢を占めました。結局、昨秋晴眼者の点字目読み速度を測定する実験を実施、2時間の試験時間なら32ページが適当であるという結果を得ました。晴眼者の方が時間延長になったので、当然のことながら触読速度の早い視覚障害者にとっては、時間はたっぷりあったことになります。
 採点は、点字で仕事をしているプロの人たちを集めて、3日間にわたって行いました。延べにしますと100人を超える人が動員されましたが集計表に記入するまで3日とも朝から夜までびっしりかかりました。そのほとんどが日盲社協所属施設の職員ですので、この試験は日盲社協でなければ実施できないというのが実感です。
 採点は、学科試験が32問中の正答数、点訳試験は、文字、記号、わかち書きなどの誤りを減点していく方式、校正試験は採点対象が二つあり、一つは誤りを正さなければならない箇所をどれだけ指摘したか、他の一つは校正箇所と訂正内容を書いた校正表の点字表記の誤りを減点するという方式です。合格した21人の方は、これらの採点ですべて合格ラインを超えた人たちということになります。
 学科の平均点は17.3点、標準偏差5.6でした。平均点をはさんでほぼ10点の範囲内に大多数が入っていますので、まあまあ妥当な問題であったと評価できるのではないかと思います。
 これに対し、点訳の結果は、平均値が35.9、標準偏差は21.4でした。解答内容にいかにばらつきが大きかったかを物語っています。因みに、平均点程度の減点では、平均して1ページに5箇所から6箇所の誤りがあったことになります。『点字表記法 1990年版』では明確にはふれていないので、二通りの「わかち書き」が考えられる場合は、双方とも正解にしています。それなのにこの誤りの数では、とうてい点訳者として認められないというのは、多くの人が納得するのではないでしょうか。しかもこの平均点は、上位3分の2の解答者のものです。残りの3分の1は、解答用紙が、赤鉛筆のチェックで「真赤」と採点不能なものでした。
 校正の結果、誤った箇所の指摘数では、平均値が半分より少し上、標準偏差もまあまあというところでした。一方の校正表の点字表記については点訳と同じようにばらつきが大きく、減点の平均値は70.6、標準偏差は29.2でした。せっかく校正箇所を見つけておきながら、訂正の点字表記が間違っていたり、自分がいつも書いているわかち書きが正しいと思い込んでいて、指摘しなくていい箇所を指摘したという誤りが多く見られました。点字を表記するという点で、今回の試験では受験者の実力に相当大きな差があったことがわかりました。
 今回の合格者が21人だったことに対し、「少なすぎる。どうしてそんなに厳しくするのか」という批判をよく耳にします。点訳サークルの指導者として地域で活躍している人が「落ちた」例もあったようです。しかし、運営委員会など関係者間では、技能検定なのだから「甘くする」必要はないという意見が主流でした。
 私は、同程度レベルの問題が出題されても、次回の合格者はぐんとふえると予測しています。第1回ということもあって、今回はみんなが試験に慣れていなかったと思います。普段はパソコンで点訳していたので、あわてて点字タイプや点字器を調達したというボランティアもありました。「点字の校正などしたことがなかった」あるいは、「点字校正表の書き方を知らなかった」という声も聞きました。さらに、点字は好きだけど、視覚障害者を取り巻く状況など知る必要もないと考えておられた人もいたようです。そんな方たちがしっかり準備して挑戦すれば、合格者は必ずふえます。
 第2回の試験は、11月18日(日)、東京と大阪で実施されます。東京会場は、新宿区高田馬場の早稲田大学、大阪会場は、JR天満駅近くの天満研修センターの予定です。また、第1回のときは公にされなかった試験問題は、第2回から、受験者は試験後持ち帰ることができるようになります。あとで問題内容をじっくり吟味し、自己採点も可能になります。
 できるだけ多くの皆様に受験していただくように、職員やボランティアの方たちにぜひお勧めください。
(『日盲社協通信』5月号より転載)

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