[戻る][ホームページに戻る]

2003年12月29日発行 第42号 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

 謹んで新春のお慶びを申し上げます。例年失礼とは知りつつもセンターは年賀状での新年のご挨拶を失礼しております。今年も旧年に倍するご支援とご協力を心よりお願い申し上げます。
 社会福祉法人視覚障害者支援総合センター 理事長・所長 高橋実
 事務局長 小田S史、チャレンジ代表補佐 加藤みさ子
 事務局長補佐 高橋和哉
 所長補佐及び雑誌「視覚障害」編集長補佐 橋本京子
 (以下、五十音順)伊瀬飛鳥、尾田真弓、坂巻明子、坂本晴代、佐藤実、三上奈美恵、水谷晴代
以上、職員とチャレンジ利用者15人に対して、一層のご指導とご支援を切にお願い申し上げます。

 私は時間の許される限り各種の駅伝を聞くことを楽しみにしています。特に新年の箱根駅伝の2日間は年間スケジュールに入れているほどです。今年は80回だそうで、脳裏にも色んな思いが渦巻きました。「継続は力なり」だそうですが、駅伝に限らず、何事も体力・精神力・気力が問われ、その上厳しさと力量が問われます。その結果、充実感を味わうことができ、感動を与えられるのだと思います。
 例年のことですが、人並み以上に私は「今年こそは」という思いを強くしながら色々なことを考えます。しかし、年を重ねるごとに体力・精神力・気力・能力がより一層アンバランスになって「一年の計は元旦にあり」を実行に移していくために、大多数の皆様にご心配とご迷惑をおかけしてしまい、反省とため息を繰り返している次第です。そんなこんなで2004年もお見限りなくお引き立てくださいますように、伏してお願い申し上げます。

 自画自賛大なのかもしれませんが、私は日本広しといえどもセンターが取り組んでいます事業の大半は公・私立を問わず、また大手施設であれ伝統ある施設であれ、手を染めていないのだからと職員を叱咤激励して、身を粉にして働くように言い続けております。学習支援に関連しての学術専門書や、試験や資格取得に必要な問題集や参考文献などの点字出版、盲大生に対する奨学金の助成や貸与の公募・推薦・運営、就労訓練施設チャレンジの運営、専門点訳者の実践養成講座と点字通信教育、昨年からスタートした月1回のチャレンジ利用者を中心とした街頭募金活動、若い視覚障害男女を中心に制定したサフラン賞とチャレンジ賞の授与などで、歴史も無く小規模零細施設ですが、支える会の皆様をはじめ全国津々浦々の皆様のお力添えの賜物であることは当然です。
 しかし、これらの事業のうち当然国など公的機関が責任を負わなければならない取り組みも数多くあります。いつまでも私の無謀と執念が皆様に許されるものでないことは重々、知っております。ですから機会をみては、国など関係機関に訴えていますので、近い将来少しずつでも結実することを願っております。そうでない限り視覚障害者の職業・福祉・文化の未来はないと断言せざるをえません。

 このような継続事業に加えて、来たる4月から雑誌『視覚障害―その研究と情報』No.191から月刊に踏み切ります。1963年4月、文月会が『新時代』として創刊以来、年1回から2回、3回、4回、6回と発行回数を広げ、媒体も点字・墨字・テープ・フロッピー・メールと5媒体に増やしました。誌名も『視覚障害―その研究と情報』に変更し、編集や発行母体もセンターに変わりました。創刊以来今日まで関わってきました私としては「月刊」は強い夢でした。しかしこれまでも限りなく財政や人の問題などで山川にぶつかってきました。No.190までの経験を前向きに生かして月刊を私の手で定着させていきたいと思いますので、皆様の知恵と力をいま少しお貸しくださいますように切にお願い申し上げます。

 なおセンターの事業並びにセンターに関わる問題について出来るだけ早い時期に、出来れば平日を避けて一日職員全体で話し合う機会を設けたいと思い、年末から新年にかけて私なりに問題提起しております。いずれ本紙でも結果と経過をご説明して皆様のご理解とご協力をいただくつもりでおります。また、どんなことでも結構ですからセンターの私宛てにご意見・ご注文・サゼッション等どしどしお寄せいただき、それらに許される限り私の責任で対応して参りたいと決意を新たにしておりますので、何卒よろしくお願いいたします。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

第4回点字技能認定29人パス

 12月16日、点字技能認定運営委員会から第4回の合格者が発表されました。合格された29人の皆さんに対し、心よりお喜び申し上げます。また今回思いきってチャレンジされたにもかかわらず、運悪くパスされなかった人たちに対しては「また次に」という夢をつないでいただければ幸いです。これで4回合わせて104人という三桁の数字になり、我が事のように嬉しく思っています。

 今回、センター職員(墨字)の橋本京子とチャレンジの山城一枝(点字)が喜びを共有することが出来ました。職員では第1回目で坂巻明子(点字)がパスしていますので2人の点字技能師が誕生したわけです。また、チャレンジでは第1回目で出口雅弘(故人)第3回目で堀野誠、今回の山城一枝で3人が資格を取得しました。支える会会員も今回、1人が合格しています。

 私は改めて申し上げるでもなく点字大好き人間ですし、自慢にはなりませんが漢字のなんたるかも知らずに今日に至っております。高校時代は与えられた点字教科書を読むのが精一杯でしたが、大学に行きますと学内では点字にはまったく巡り会うことがありませんでしたので「学習支援」の必要性を痛切に感じました。また卒業後、職域開拓など雇用運動をしている頃に各種試験に点字の導入を要望していましたが、残念ながら試験時間に対応出来るほどの点字の読み書きが出来る人が少ないなどといった、私には理解できないことが浮き彫りになりました。
 また、点毎在職中、よく聞かされたことは「盲人の書く点字は下手で汚い。晴眼者の書く点字は綺麗で読みやすい」ということでした。
 1986年富士(現みずほ)点訳介助事業を受託するようになってから、なお一層、学術専門書や参考書、テキストなどの点訳が急務となり、それ以来毎年、「専門点訳者実践養成講座」を開講してきました。書きよく、読みよく、わかりよくを中心に、正確迅速をモットーに晴眼の点字専門家を目指してきましたところ、なおさらに、点字における晴盲の差が広がってきたように思い、その是正方法を私なりに考えました。

 点訳者には失礼なことになるのかもしれませんが、晴眼者は文句無く、点字は正確で、視覚障害者の読書環境の悪さを知って点訳に励んでくれているのでしょうが、「その根源は」とか、「生活は」とか、「暮らしは」とか、「雇用は」とか、「教育は」とかといった一般知識をどれほど持っておられるか、それを問う学科試験も取り入れた「点字技能師」制度を制定したいという思いを1999年6月の日本盲人社会福祉施設協議会京都大会に提案したのが、そもそもの始まりです。

 全国215の組織である日盲社協が私の提案に賛同してくれたことと、組織をあげてその準備をしている中で、視覚障害者の全国団体である日本盲人会連合、盲学校教育の総元締めでもある全国盲学校校長会、点字のルールなどを大所高所から検討し決定している日本点字委員会の理解と協力が得られたことが幸いして、今日の点字技能師の隆盛があるのだと思い、関係者に心より感謝しております。

 第1回点字技能検定試験を2000年の秋には実施したいと思いましたが、諸般の事情で2001年1月28日(日)になりました。この点字技能認定の意義もふくめて三大新聞に取り上げてもらい、その反響は予想以上で出願者も646名に達するという嬉しい悲鳴を上げました。その新聞を読まれた厚生労働省職業能力開発局技能振興課の上席技能検定官から電話をいただきました。内容は「職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号)で労働大臣(当時)の指定する技能検定試験以外には技能士(士)という名称を使ってはいけないことになっている」ということでした。提案者の私としては不勉強もいいところで「士」を教師の「師」に改めてもらうことで関係者の了解をいただきました。

 私の目指すものが先輩格の「手話通訳士」で、なんとか国のお墨付きをと思っていましたので渡りに船とばかりにその後は厚労省の社会参加室長に要望することだけではなく、上席技能検定官にも要望していました。両氏とも「国の規制緩和と資格制度の撤廃という流れのなかで、点字技能師の意義と影響力は十分に理解できるが、難しい。しかし打開策を前向きに検討したい」ということをお目にかかるたびに話しておられました。私は「誠意はありがたいが異動されると、往々にしてゼロからの出発になるので、在任中になんとかしてほしい」と懇願していました。案の定、両氏とも異動されましたがゼロにはならず、かたちは変わるようですが「お墨付き」になる方向で進んでおり、いずれ具体的なご報告が出来そうですので期待していてください。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

技能検定試験合格者

 第4回点字技能検定試験は2003年11月16日(日)、東京と大阪で行われました。
 合格者は以下の29名(墨字18名・点字11名)です。(敬称略)

石原 ゆう子(千葉県・墨)、稲毛 洋子(三重県・墨)、江藤 昌弘(神奈川県・神奈川県ライトセンター・点)、遠藤 育子(新潟県・墨)、遠藤 律子(東京都・墨)、大平 岑子(千葉県・墨)、上薗 和隆(東京都・障害者総合情報ネットワーク・点)、川崎 禎輔(神奈川県・点)、北脇 幸生(島根県・島根県立盲学校・墨)、佐藤 幸子(愛知県・墨)、澤 真由美(東京都・雑草の会・点)
泰磨 俊機(滋賀県・点)、坪内 千味(東京都・日本点字図書館・墨)
中嶋 惠子(岩手県・墨)、中村 なるみ(三重県・墨)、中村 理恵子(東京都・墨)、新樂 和則(群馬県・群馬県立盲学校・点)、野村 隆文(山口県・野村治療院・点)、萩原 公子(山梨県・墨)、橋本 京子(東京都・視覚障害者支援総合センター・墨)、兵藤 美奈子(京都府・京都ライトハウス出版部・点)
福田 香絵(大阪府・日本ライトハウス・墨)、藤原 由美子(茨城県・墨)
舟崎 隆(北海道・北海道高等盲学校・点)、細川 智子(群馬県・墨)
松崎 直美(愛知県・名古屋盲人情報文化センター・点)、松田 次生(福岡県・墨)、南 真由美(神奈川県・墨)、山城 一枝(東京都・視覚障害者支援総合センターチャレンジ・点)

 第1回目の合格者は21名(墨字11名・点字10名)、第2回目の合格者は30名(墨字15名・点字15名)、第3回目の合格者は24名(墨字18名・点字6名)、そして今回の第4回目を合わせて点字技能師は合計104名(墨字62名・点字42名)となりました。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

安易な方法に疑問

 先頃、杉並区から15年11月1日からスタートした「保健福祉サービス苦情調整委員制度について、点訳版を作成しましたのでご活用ください」という挨拶状とパンフレット(点字で10ページ)3部をいただきました。このようなものが墨字と相前後して作成されるということは、私たち視覚障害者にとって本当にありがたく嬉しいことで、何事もそうであって欲しいと願わずにはおられません。

 ただ、これが出来るまでの過程で考えさせられたことがあります。これは区の担当者にも申し入れました。そもそも、担当課から「今年はきちっとした予算を取っていないけれども、一応、点字製作の見積もりを立てて欲しい」という依頼があり、早速、FAXでその見積もりを出しました。その後「当方の予算の都合でお断りいたしましたが、ボランティアの方が作成してくださいましたので、送らせていただきます」という丁重な一文をいただきました。

 私の長年の習慣で、送られてきた点字物は大なり小なり読むことにしています。それで、そのパンフも読みました。大勢にはまったく影響がないと思いますが1部目には、7ヶ所の誤りがありました。これを分析しますと、入力、データ、プリンタ、校正など色々です。センターでもプロとしてあってはならないミスを犯した職員に厳重注意をしながらも、私自身反省しきりで、解決にもならないため息をつくことしょっちゅうです。

 こんなことが二度ありました。ひとつは千葉県のある市が、点字版の選挙広報を出したことがあります。その折、問題になったのは候補者の名前を取り違えたことで、市選管はぬけぬけと「ボランティアグループにお願いしたことで…」という弁明でした。
ふたつ目は以前、杉並区の担当課が簡単な印刷物の点字版を作成したものを送られてきたことがありました。読み違えもはなはだしいことで、私は区の担当者にその間の経過を聞きましたところ「変換ソフトを使ったために…」ということでした。
 誤解されると困りますが、ボランティアだから間違いがあるとか、ボランティアだから誤りがあってもいいなどとはさらさら思いませんし、よく盲人より晴眼者の方が点字が正確で綺麗だといわれているのですから、残念ながら少なくともボランティアのせいだとはさらさら思いません。ただ、ボランティアに責任を転化することだけは絶対に慎まなければならないと思います。今の時代、ボランティアの存在なくして福祉施設の運営は成り立たないといっても過言ではないと思います。だからといって公的機関までもがどこかで経費の無駄使いをしながら肝心なことでボランティアまかせにするような先の2例には承服できません。

 私が指摘したいことは、点字の普及啓発活動にブレーキをかけるようなことだけは止めていただきたい、ということです。嬉しいことに最近は公的な場所で資格を持った手話通訳士が活躍していることが多くあります。それに比べて、どんな場所でも点字物は適任者が見当たらないとか、参加者が少ないとかいって、まだまだ私たちを喜ばせてくれるような対応は出来ていません。そのことについては別項で書きますが「ボランティアだから」という言葉は失礼千万なことで、必ず私たち自身が最終責任を負わなければならない点だと思います。そのために「点字のプロ」が存在しているのだと私は確信しております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

チャリティーコンサートから生まれたカレンダー

 2003年10月28日(火)亀戸文化センターで、11月8日(土)練馬文化センターで開催された「20周年記念 星伊久江&スリーシャイニングスターズチャリティーコンサート」プログラムに雑文を載せていただきました。星先生のご了解を得てそれを転載させていただきます。これをお読みいただくとお分かりのように、第5回のコンサートから今日まで、センターのために毎回高額の浄財をいただいております。今回も831,465円というご寄付を年末にいただきました。重ねて厚くお礼申し上げます。

 私は「20周年には、なにか心ばかりのものを」と一昨年から先生に話をしていました(私は意志薄弱でやりたいことを公言しておかないと結実させられない性格なのです)。職員にも「経費があまりかからないもので喜ばれるものを考えるように」と話してきましたが、あと2ヶ月となっても決め手が出ず、結局今回の「カレンダー」に落ち着きました。点字のカレンダーは形・内容・無料・有料をあわせますと数限りなくありますので、私は少しでも異質で意外性のあるものを作成したいと考えました。晴盲共用としながらも点字の普及・啓発を意識したことから、触読者には分かり辛い部分もあるかと思います。コンパクトのためカレンダーのウリでもある大安とか二十四節気などといった行事を省き、左半分は月日と曜日だけを点・墨で表記、右半分は点図で、表紙は干支にちなんで猿、1月は鏡餅といった風にその月をイメージするものを描くということで、この世界では三本の指に入る佐藤実の職人芸にゆだねました。いささか泥縄式の感は免れませんでしたが、予想を上回り、好評でした。

 星先生の会にお届けしたほか、支える会などセンター関係者、雑誌「視覚障害」の読者などに配布することが出来ました。このほか1部500円でお買い求めいただくというありがたいおまけまでつきました。このような企画も星先生の「20周年」という行事があったからこそ生まれたものです。私を含めてセンターはこのような皆様に支えられて今日あることを感謝しております。年末29、30両日もセンターで仕事をしていましたが、その折も「先生のことを新聞で拝見してから10年以上も経ちましたので、いささか記憶も不確かですが、今も色々なものの提供を受けておられるのでしたら、ささやかですが送らせていただきます」という電話を何人からかいただき、一人涙したものです。あらためてお礼を申し上げます。今後も「チャレンジ点図カレンダー」として2005年からもチャレンジ利用者の大事な作業として続けていきたいと思っております。

「20周年記念 星伊久江&スリーシャイニングスターズチャリティーコンサート」プログラムより抜粋

―― 星先生が主催し指導しておられるスリーシャイニングスターズのチャリティーコンサートは、毎年、時代の流れを先取りしているような企画でまさに聴かせる・見せる・楽しませる150分だと感心しながら、ご招待に甘えて出かけている私です。
 加えて当日は活字の啓発書やセンターイメージ商品を展示即売して、出演者はもとより来場者にたくさんお買い上げいただいている次第です。その即売で例年人気のトップは先輩格の絵はがきと後発のくまさんタオルです。
 このいずれもが星先生のご紹介でセンターに無限に提供していただいている品々です。絵はがきは小山千鶴子さんの描いた水彩画で、10枚1組(300円)で8種類ものユニークな絵で大好評です。また、くまさんタオルはくまさんのお手ふき(500円)でズバリ、手作りです。作者は星先生の病友、中井優さん。
 その星先生との出会いは1987年夏でした。まだセンターが阿佐ヶ谷の木造民家を拝借していたころです。先生から電話をいただき「新聞で見たのですが、センターは若い人たちの支援をしていて資金不足で困っているとか。私たちのグループは今年5周年のコンサートを開きますので、おさしつかえがなければ、チャリティーコンサートとして呼びかけてもよろしいですか」ということで、それ以来ずっと「センターのチャリティーコンサート」として今日まで続けてくださっております。
 センターは1989年から「はばたけ若い視覚障害者チャリティーコンサート」を開いていますが、その第1回がなんと都心のど真ん中、1000人以上も入る虎ノ門ホールでスタートしました。出演者もセンターも皆さんに知られているわけではありません。お客様を集めるノウハウもまったく知らない私が独断と偏見、無謀と執念だけで取り組んだ行事でした。当日はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨の中で、会場は開演前に満席となりました。それはコールトゥインクルスター、コーロルーネスの賛助出演と、チケットの売りさばきまでやって下さったからの盛況だったわけです。
 なにはともあれ、自覚と感謝をもって関係者とともに20周年の喜びを共有させていただきます。そしてセンター職員と私の、ささやかでありきたりの「チャレンジ点字カレンダー」を記念に皆様にお受け取り頂ければ幸いです。―― 

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

雑誌『視覚障害 ― その研究と情報』が4月から月刊になります

編集長補佐 橋本 京子

 皆さんの中にもご愛読いただいておられる方が多くいらっしゃると思いますが、1963年4月の創刊以来、所長率いる日本盲人福祉研究会(文月会)の定期購読誌として、行き交う時代とともに、常に視覚障害関連情報を発信してきた雑誌『視覚障害』は、文月会の解散に伴い、2001年の5月号より当センターの事業として引継がれ、今年で丸3年となります。そこで、来年1月の200号を前に、4月の191号より隔月誌から月刊誌に切り替えてさせていただくこととなりました。毎月1日発行、年12回で、これまで同様、墨字・点字・テープ・フロッピーと、2003年に加わった“点字メール版”の5媒体でお届けします。これにより、購読料が現在の年6回4,200円から年12回6,000円に変更させていただきます。普通速テープ版につきましては、7,200円です。

 月刊第1号では、特集「WBU-AP世界盲人連合アジア太平洋地域総会開く」、talk to talk「日点・日ラの録音データ配信サービス開始」(仮題)、今を走る「広瀬浩二郎さん ――白状で紡ぐ民俗学」、そして、従来コーナーに加え、「先達に学び業績を知る」と「施設・盲学校レポート」の2つのシリーズ枠を新設し、連載を決定。既に執筆をお願いしております。4月号では、文月会の第二代会長でもあられた故・勝川武氏と、新設された京都ライトハウスの紹介を組んでおります。乞うご期待ください!

 月刊になりますと、当然これまでの業務は倍となり、忙しさも増すことが容易に予測できます。センター内の態勢が整うまでの間、特にスケジュール過密になるかと思いますが、読者の皆さまのニーズと時代に則した情報提供、充実した誌面づくりに、スタッフ一同より一層の努力をしてまいりますので、どうぞご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。お知り合いで『視覚障害』をお読みでない方がいらっしゃいましたら、この機会に是非ご勧誘下さい。そして、本誌に関するご意見もお待ちしております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

点字技能検定試験を受験して

所長補佐 橋本 京子

 第4回点字技能検定試験が、昨年11月16日、東京は戸山サンライズ、大阪は日本ライトハウス盲人情報文化センターで行われました。私は東京でこれを受験し、12月、合格の知らせを受けました。今回、「その体験談を書いては」という話が職員間から浮上し、第1回で技能師資格を取得した職員の坂巻さんに失礼し、紙面を汚させていただく覚悟をした次第です。

 私の場合、諸々ここ数年の経緯と経験から、ようやく今回受験を決めたのですが、結局は日々の雑務に取り紛れ、試験勉強といえるようなものが殆どできませんでした。落ちるのも恥ずかしいけれど、準備に費やす時間はない。でも何もしないでパスするわけもない、と思い、最小限でやったといえるのは、試験間近の10月に点字技能師協会から出された「過去問題と解説集」でした。1年分を実際に解き、出題形式を把握し、もう1年分、パラパラ傾向を見て、学科の対策を立てました。「盲人用郵便に関しては毎回出題がある。今回は4月の郵政公社化で規定も変わったし、また出るだろう。10月に本格施行になった補助犬法も要確認。支援費も出るかも知れない」と。盲学校の変遷や点字の歴史などは、正確な年代などを押さえていないと正解を導けない問題もあることが判り、覚悟してセンター発行の『点字技能ハンドブック』からこの分野を拾い読みしました。この『ハンドブック』も初版の編集を担当した筈なのに、お恥ずかしながら細かな記憶は全く無かったのです。実際に受験のために活用してみると、なかなか良い資料だと実感。この本はお薦めです! ただ、本気で読むには分量があるので、私のように時間がない、もしくは効率良くアウトラインを掴むには、やはり先の過去問でした。特に解説の部分に採点のポイント等があり、この種のものがあると効果大だと思いました。点字化と校正技能の実技は神頼み。ただ個人的には対策を講じられなかったものの、実は校正に関しては、昨年8月にチャレンジ利用者の評価とレベルアップの意味で初めて行った点字の試験がモノを言いました。この時、何故か一緒に職員も全員受けるということになり、今となってはそれを強いた所長に感謝です。この時の点数が自分の思ったものより悪かったことで、採点者に理由を訊ねると「点字校正では、誤りは指摘していても、正しい文節まで書いてしまうと減点される。それが技能検定のやり方で、これに則った」とのこと。丁寧に書いたつもりが余分なことまで書いてしまったのです。「誤りのある文節しか書いてはいけない」とは知りませんでしたから、有益な情報を体得したことになり、即、実践できました。あとは数日前に借りたタイプライターで、名前の書き出し位置や7マス目、5マス目の位置等の確認をしたのです。

 当日、タイプライター受験の部屋は、確か2人がけの席が3列並べられた小さな部屋でした。そのこじんまりし過ぎた中での妙な緊張感と、席が最前列の真ん中だったことで、振り返ったり、辺りをキョロキョロ見回すのも不謹慎な感じで、ほとんど誰とも顔を合わせませんでした。試験監督が、ここは14人、隣の点字器の部屋は32人、大阪会場も含めると86人の受験者がいることを話されました。タイプの音は確かにうるさいものでしたが、気にはなりませんでした。それよりも点字自体が点筆より早く書けることとと、裏に返さず直ぐに見直しができ、修正の必要性があればそれにも早く気づくことができるという、タイプ受験の大きな利点を改めて感じました。普段、断然凸面でのパソコン入力が多いことで、同様の速さで書けるタイプでの受験にリラックスもできました。学科では、各問、これはOK、これは不安、これは分からない、と○△×を控え、見直しの時間には、△と×を集中的に考え直しました。現時点でも正解は発表されていないので、△か×か、もしくはできたと思った○の箇所も含め、自分がどの問題ができて、どの問題ができなかったのか、本当の答えはどうなのか、今も気になっており、いずれ第4回の正答が出された時には確認しようと怖さと期待で待っています。

 今回、久しぶりに体験した試験というものは、普段にない緊張感がちょっと気持ちよいものでもありました。試験を意識することが日々の張りとなり、仕事への思いが整理でき、思いきって受験してみて自分の中の収穫になったのは確かです。職員自らが受けることもチャレンジ利用者への励みとなれば、更に意味も増すでしょう。ただ、同時に技能師の端くれとして、その名を汚さないか、この重圧も感じ始めました。今後、実際の仕事が変わるのか、変えられるか、それは自分次第でしょうが、今年は、所長の中に技能師対象にスキルアップ講習の開催計画もあるようですので、これを機に、今後も自己啓発に積極的に挑戦していきたいと思います。そして、技能師の本来の意味である点字の認知・普及と啓発、及び点字への関心を呼ぶことに繋がっていけば、何よりです。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

謝謝! ボランティアの皆様

チャレンジ代表補佐 加藤みさ子

「チャレンジ」の主要作業科目は「点字出版」業務です。中でも「点字校正」は視覚障害者の職域では専門性の高さが求められる職業として注目されています。(注1)
 この点字校正作業に欠かせないパートナーが点訳物の原本である活字(墨字)文書・書籍の読み手です。読み手が原本を音読するのを聞きながら、点字校正者が触読し校正をします。この原本の読み手(このボランティアさんを「チャレンジ」では‘読み合わせボランティア’と呼んでいます。)として多くのボランティアさんのご協力をいただいておりますが、その数は約60余名を数えています。
 視覚障害者支援総合センター、「チャレンジ」のボランティアは、当初、高橋理事長の活動の輪から始まり、徐々に広がって、最近では近年のボランティア活動に対する関心の高まりや、インターネットによるボランティア情報へのアクセスのしやすさから、性別、年齢、職業を問わず多彩な方々からボランティア希望の申し出、問い合わせが増えております。

 さて「チャレンジ」は平成13年度に東京都認可作業所となってからは、利用者の個性に合わせた授産科目の新規開拓、施設運営の自助努力、地域での福祉活動の啓発など、新しい活動や事業の展開が求められるようになってきています。それに合わせてボランティアさんには点字校正のボランティアだけでなく、幅広い活動にご協力をいただく機会が増えてきました。毎月2回、杉並区役所ロビーで行っている「ロビー販売」(注2)での販売業務、点字印刷、製本などの補助、募金活動でのビラ配り、健康診断や避難訓練などの行事のサポート、バザー販売用の手作り小物の製作、バザー用品の提供、使用済み切手などの整理など、ご協力をいただいております。

 最後に、忘れてはならないのが点訳ボランティアさんです。当センターでは、点字出版業務を始め、行政からの点訳委託業務(広報、各種試験問題など)、点字教科書、盲大学生の点訳介助事業など幅広く手がけております。これらの業務を支えてくださっているのが点訳ボランティアさんです。日頃から点字技能の向上に努めるとともに、無理なお願いにも快く応えてくださるなど本当にお世話になっています。点訳ボランティアさんの多くが在宅で点訳していただいているので、普段は電話による声のおつきあいですが、機会がありましたら是非お会いしたいものです。
 視覚障害者支援総合センターと「チャレンジ」を支えてくださっている多くのボランティアの皆様、いつも暖かいご協力を賜りありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいしたします。「謝謝!」

注1:点字技能師検定試験は毎年1回行われます。センタ−には職員2名、「チャレンジ」利用者2名の点字技能師がおります。

注2:「杉並区役所ロビー販売」は今年3月までは、毎週第2・3火曜日杉並区役所区のロビーで、センターのオリジナル商品「道産子どん」、小山千鶴子さんの絵はがき、手づくり商品、センターの図書など販売しております。お近くにお出でかけの際は是非お立ち寄りください。(4月以降は曜日の変更予定あり)

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

職員研修会に参加して

尾田 真弓

 去る11月20日(木)、21日(金)の両日、大阪の山西福祉記念会館において、日本盲人社会福祉施設協議会(通称、日盲社協)の点字出版部会職員研修会が開催され、センターから職員の三上と私の2人で参加してきました。その報告をさせていただきます。
 今回の研修会の大きなテーマは、「点字出版の専門性とは〜その1触図」「視覚障害者向け選挙情報の提供は可能か?」のふたつでした。参加者は、29加盟施設のうち19の点字出版施設から約40名と講師5名でした。

テーマ1 触図について
 講師の加藤先生のお話、3施設からの事例報告がありました。
加藤先生からは、点字出版施設としての「より専門性を活かした図表・グラフの書き表し方」と題したお話がありました。点訳の際の望ましい表の書き下し方・略記の仕方、触読者の図形認知について、立体図や斜めから見た図の扱いについてなど、興味深く聞きました。
大手3施設からの事例報告は、実際の図を資料として見ながらの討論で、とても具体的でした。各施設の独自性が図にも表れていました。
触図といってもいろいろありますが、センター発行の一般点字図書で主流の立体コピー、製本による点字図書で主流の製版による点図について、図の勉強会を開いたらどうかという声が挙がっています。今回学んだことをそういう場にも活かしていきたいと思います。

テーマ2 選挙について
 講師の慎(シン)先生の講演後、パネリストを迎え、当事者の体験、行政側の考え方、点字選挙公報を実際に出版している施設からの報告がされました。
 慎先生は、現状から6つの条件整備(公職選挙法上の問題、総務省の姿勢、選管の姿勢、点字出版界等の姿勢、作成側の力量、予算の裏付け)が必要であることを具体例を挙げて話してくださいました。
 当事者からは、視覚障害者に向けての選挙のお知らせは、ほとんどされていないのが現状で、どんな人が何人立候補し、どんな考えを持ち、何を公約に掲げているかが分からず、くちコミでごく親しい人の言うままに投票したり、情報不足で投票したい人がいない・わからないため棄権したり、投票所ではじめて全立候補者の名前を知ることもあるという話がされました。研修会の参加者からも、一当事者として、せっかくの点字による選挙のお知らせも候補者の公約を省略して名前だけ掲載するのでは意味をなさない、作るならば投票結果まで責任をもって発行してほしい等の要望も聞かれました。

 行政からは、公職選挙法に照らすと、点字・音声での点字選挙公報を製作するには「原文のまま掲載しなければならない」という点で引っかかる可能性があり、点訳・音訳が果たして「原文のまま」と解釈されるのかどうかを理解してもらう努力をしなければならない、との話がされました。パネリストとして迎えた方のいる選挙区は先進的な考えで、すべての視覚障害者にも点字・音声の選挙公報を製作配布しているそうです。
 施設の報告としては、点字の選挙公報の製作には、点訳・校正・製版・印刷・製本・納品までの全てを、公示日から約10日で完結させなければならないこと、それにかかる時間からも、人手、技術等を持ち合わせているのかどうかを各施設が見極めなければならないとの話がありました。

 センターでも、引き受けるとなるとクリアしなければならない課題は山積しています。なにより驚くのは10日という期限です。衆議院小選挙区は全国で300選挙区あるそうです。加盟する点字出版施設29カ所で全国の選挙公報を分け合ったとしても、果たして10日で製作できるのか、その際センターはいくつの選挙区ならば製作可能なのか…。各点字出版施設が一致団結して選挙公報の製作に関わっていかなければならないという、慎先生の言葉を重く受け止めました。
 一有権者としては、視覚障害者への参政権行使、選挙に関する「知る権利」の保障のためにも、「点字・テープによる選挙公報の製作」は当然実現させてほしいことだと思いつつ、仕事として請け負う心づもりが私自身できていないまま、会の話を聞いていました。

日本ライトハウス見学
 閉会後、日本ライトハウス 点字情報技術センターの見学をさせていただきました。4階建ての建物で、当然ですが全てが点字出版のための施設となっていて、ビルに仮住まいをしているセンターとは比べるのも恐れ多いほど立派でした。
 亜鉛版印刷の方法がセンターとは異なることをはじめ、発泡印刷による触図の製作、点字校正の様子など、わずかな時間でも何を見ても勉強になる施設でした。
 4階の資料閲覧室で、創設者である岩橋武夫先生に少しでもあやかりたいと、生前使用されていたという文机にそっと触れてきました。

 以上、思いつくままに書きました。
職員研修会に参加するのは今回で3度目ですが、毎回参加する度にいろいろ感じてセンターに持ち帰りながら、それを消化しきれないまま次の研修会を迎えるという状況です。
平成16年の年頭にあたり、私なりにこれまでに学んだことを何かひとつでも形にしようと思っています。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

エスカレーターモニターに協力

三上 奈美恵

 昨秋、リモコンモニターに協力させていただいた(株)日立製作所より、視覚障害者用にエスカレーター昇降口部分に点字ブロックを組み入れた床板を開発中なのでその体験モニターをしてほしいとの依頼がまいりました。今回は「チャレンジ」利用者14名、ほか2名の計16名の視覚障害者が協力いたしました。

 モニター当日の12月8日、センターの会議室に床板をセッティングしていただきました。4人1組のグループとなり、1人ずつ白杖を手に床板を体験し個別に感想を述べた後、座談会形式で日常生活でのエスカレーターの利用頻度・点字ブロック設置の必要性などについてディスカッションしました。特に座談会ではエスカレーターに関する事柄だけに留まらず、広く視覚障害者の外出時における点字ブロック設置のあり方について話は発展し、かなり活発な意見が聞かれました。
 センターをはじめ色々なところへ1人で出かけることも多い皆さんからの生の声は、メーカーの方にも新鮮に伝わったようで熱心に耳を傾けてくださいました。時間の関係もあり大きな質問項目は3つだけだったのですが、漠然としていた質問内容が回を重ねるごとに具体的になり、深く掘り下げられていきました。さすがに16名もいると意見も様々で、共通している意見もあれば個性的な意見もありました。その一方で、エスカレーターや点字ブロックについて私たちが知らない疑問に対して、メーカーの方から教えていただく1コマもありました。

(質問の1つから)
Q.エスカレーター利用の際に1番困ることは何ですか?
A.エスカレーターの向きがわからない。エスカレーターの存在自体は音でわかる(中には臭いでわかると答えた人もいました)が、それが自分の乗りたいエスカレーターかどうかはわからないので、時には逆走してしまうこともある。

 上記の回答についてどうすれば解決できるかといった話になり、私も聞いていて「なるほど」と思うアイディアがいくつも出てきました。ここではご紹介できませんが、こうした率直な意見が視覚障害者のために活かされ、ひいては社会に還元されていくことを期待しております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

第21回全日本JBMAマラソン小田原大会に参加して

事務局長補佐 高橋 和哉

 平成15年11月9日(日)開催されたマラソン大会にチャレンジ利用者4名が参加しました。彼らにとっては、素晴らしい2日間だったと思います。大会前日の夕食は本格的なフランス家庭料理(食前酒から始まり、3つの前菜、メイン、デザートまで)をワインを飲みながら、時間をかけていただき、商売そっちのけで、宿まで送ってくれたフランス人のおもてなしにも触れて、いい経験をしたと思います。

 平坦な道がない、非常に厳しいコースを全員、完走・完歩しました。ひとつのことをやり遂げた喜びを体で感じたと思います。
なお、仁茂田さんは、10km 35歳以下の女性というカテゴリーで2位となり、メダルと賞状をいただきました。
以下、参加者4名の感想を掲載します。

小田原マラソンに参加して

チャレンジ利用者 仁茂田 ルリ子

 11月9日に城山競技場を会場に行われた、第21回JBMAマラソン小田原大会に参加してきました。種目は5km、10km、ハーフ、それと10kmのウオ―キングがあり、私は10kmのマラソンに出場しました。私は、マラソン初心者で10km走るというのは、初めての経験でした。大会当日は心配された天候も崩れることもなく、走るのには最適な温度でした。私達のスタートは10時でした。華々しくファンファーレが鳴り響く中での、スタートでした。しかし、私はそのときまで、忘れていました。小田原のコースは坂が多いということを。
スタートしてすぐに急な上り坂。これが本当にきつくて、この先、どうなるのだろうかと、不安になってきてしまいました。本当にアップダウンの激しいコースで初心者にとってはとても苦しいものでした。しかし、息をきらしている私の横を、ベテランランナーたちがすいすいと通り過ぎて行きます。心から尊敬してしまいます。私は幾度か歩きながら、呼吸を整えつつ、何とか折り返し地点へ。後半は、ゆっくりとでしたが、コツもつかめ、余裕が持てるようになりました。あと、1kmの地点にさしかかったときは、本当に嬉しかったです。そして、競技場のトラックを1周してゴールしました。
とても苦しい道のりでしたが、完走できて、本当に嬉しかったです。マラソン経験の少ない私があえて10kmのマラソンを選んだことには、理由があります。それは、自分の力を試してみたいと思ったことと、すぐ、あきらめてしまう弱い自分から少しでも脱出して、自信をつけたいと思ったからです。今回、参加したことで少し自信がついたような気がします。また、私より年配のランナーが頑張っている姿は、私にとっては刺激的でした。軽い気持ちで始めたジョギングが、いつしか生活の楽しみの一つになっていきました。
これからもこのような機会があれば、挑戦していきたいと思います。
今回、私達は小田原に行くことにあたって、参加費を負担していただき本当にありがとうございました。

小田原マラソンに参加して

チャレンジ利用者 原 美穂

 私は、10kmのウオーキングに出場しました。スタート前までは、最後まで歩けるか不安でした。歩いてみたら、10km歩けてよかったです。心配されていた雨も降らず、天気も良くて、歩くのには最高でした。センターに入ってから今まで、一度も泊りがけでどこかへ行くことがなかったので、今回、楽しかったです。
私にとっては、いい運動になりました。これを機会にまた来年もマラソン大会に参加したいと思います。

小田原マラソンの感想

チャレンジ利用者 畑中 優二

 天候にも恵まれ、気持ち良くウオーキングできた。マラソン開始の合図として行われたブラスバンドの演奏が素晴らしかった。本当はもう少し、車どおりの少ないコースを歩きたかった。コースに給水所を設けてあったので、マラソンの雰囲気を感じることが出来た。センターと所長のご援助にとても感謝しています。本当に、ありがとうございました。

小田原マラソン大会感想

チャレンジ利用者 酒谷 敬壱

 大会当日は、体が最後まで持つかどうかが、心配でしたが、いつも週末にあちこち歩き回っているせいか、多少足が棒になりつつも、集中して楽しめたかと思います。体育会系ではないほうですが、何事も経験しておいたほうがいいにこしたことはないと思いました。

 最後に、8人揃いのTシャツを提供してくれた義平武さん、2日間、利用者と行動を共にして、伴走をしてくれた桑原真紀さん、桑原 恒夫さん、野々村 雅朗さんに感謝いたします。
次回は、平成16年3月28日(日)第15回「視覚障害者健康マラソン東京大会」に参加予定です。場所は立川市の昭和記念公園です。天気が良かったら是非、散歩がてら応援をよろしくお願いします。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

11月28日(金)募金・啓発活動報告

事務局長補佐 高橋和哉

 今回から、責任者に指名されましたので、この募金活動を利用者のエンパワメントの場にできるように計画し、第一目標は、金額ではなく、利用者のやる気を奮い立たせることにしました。そのためには、募金・啓発活動の必要性を理解してもらわないといけないので、週1回、昼休みに彼らと話合いの場を持ちました。幸い、もともと積極的な人もいたので、彼らを中心に、やり方をつめていきました。計3回の話合いの中で、7名の利用者が参加を希望しました。
募金・啓発活動方針は、「呼びかける言葉は、自分の言葉で」 のみ。あとは、「臨機応変にしましょう」ということでした。

 当日、体調を悪くした2名を除いて、活動参加希望者(仁茂田ルリ子、下奥重望、鈴木健生、畑中優二、兵藤崇彦)は全て行けることになりました。
彼らの気持ちはひとつになっていたので、私は、活動前から彼らにとっていい活動になると確信しました。それに、集合時間30分前に、5名全員が3階に上がって来て、私に最後の打ち合わせをしましょうという提案があり、より具体的に活動方法を確認しました。
 ある目標を達成するためには、集団の中で、一人の人間が引っ張る必要もありますが、それでは、引っ張られる人間は、所詮、引っ張られるだけで、彼らには引っ張る人間の達成感とは違い、希薄です。次に続くものは生まれません。しかし、集団であっても、その中の個人個人が、同じ目標を持ち、個性を発揮して活動するのであれば、目標達成は困難であっても、個々の力は、次回に生きるものです。

 ふたを開けると、JR荻窪駅前の人通りの多い場所で、4名の利用者が代わる代わるマイクを持ち、約3時間、自分の言葉で、自分の立場、自分の境遇を訴え続けました。
 私は、ビラ配りをしていましたので、横1列に並んだ彼らを観察することが出来ました。嬉しかったことは、ビル風が吹く寒い中、彼らが終始、笑顔を絶やさなかったことです。募金活動だからといって、悲壮感を漂わせる必要もないのです。募金の金額は63,340円、前回、所長を含めて職員4名、利用者4名で行った金額とほぼ同額でした。活動した5名に、一つの自信にして欲しいと思います。
 以下、2名の活動した利用者の話です。

11月28日の募金活動に参加して

チャレンジ利用者 鈴木 健生

 私の現在の収入は、支出を下回っていることが多い。家計がプラスにならないというのは、非常に不安なものである。
 しかし、今の校正の仕事があるからこそ、どうにか暮していくことができている。そう考えると、センターの存在は大きい。そんな思いから、私は募金活動に参加することにした。考えてみると、私は生まれてこのかた募金活動というものに参加したことが1度もない。しかも、その募金活動が、「誰かのため」ではないというのは、何とも言えない不思議な感じだった。おそらく、私が過去に耳にした街頭募金の呼びかけの多くが、私にそれを連想させてしまっているのだろうが、本来、募金活動というものは「誰か」がやるのではないのかもしれない。そう考えると、「やはり参加せねば!」と思った。
 当日は、どんよりと曇った、雨が降りそうな日だった。利用者5名と職員2名がJR荻窪駅前に立ち、駅前を行き交う人に募金を呼びかけた。不景気なご時世にもかかわらず、小銭を入れてくれる人は結構多かった。中にはお札を入れてくれた人もいた様だ。チャリンという音がする度に、人の心の暖かさを感じた。昼時になると、「普段は空腹を感じることもなく昼食を取っていたのか」と苦笑するほど、風に乗って流れて来る食欲をそそる匂いに、自らの健康を実感した。そんな空腹感を心地良く感じながら声を出していると、寒さも吹き飛んで行く様だった。
 こうして、約3時間の募金活動が終わり、皆で遅い昼食を取った後、解散となった。後日の発表では、募金は6万円強だった様だ。1円の重さを嫌というほど味わっている今だから思うが、何を言っても、日本は裕福な国なのだろう。自らの生活を振り返って見ても、そんな感想を持った。

街頭募金活動に参加して

チャレンジ利用者 下奥 重望

 私は99年4月(無認可作業所の時代)から今日までチャレンジに通所させてもらっている。
 昨年11月28日(金)、第3回目の街頭募金活動がJR荻窪駅北口前の広場で行われた。活動の目的は、(1)チャレンジには現在15名の利用者が通所しているが、新たな通所希望者の受け入れがスペースの問題で困難である。そこで、「チャレンジで働きたい・社会との関わりを持ちたい」といった成人期障害者の希望に応えるための施設拡張、(2)点字校正が不得手な障害者が入所した場合に対応するための新たな作業を開拓するための資金を集めること、などが目的である。過去2回は、高橋所長が中心となって、マイクで通行人に募金活動の趣旨を呼び掛ける形で行われた。先にも述べたが、チャレンジの施設拡張を目的に行っているのであれば、利用者が活動の趣旨を理解し、利用者自身の生の声を通行人に呼び掛けていくことが本来の「募金活動」ではないかと話し合った結果、今回は、利用者(希望者)5名、職員2名で行った。
 私は、主催者として街頭で呼び掛けるのは、生まれて初めてであった。呼び掛けたい内容は、幾つか浮かんだが、それらをどのようにまとめ、通行人に伝えたら足をとめてもらえるのか、悩んでしまった。そこで、職員を交えて数回、話し合いを重ねた。今回は11時30分から14時30分位までの間で(特に、時間を定めず)参加者の体力が続く限り、行おうと決め、当日を迎えた。個人的には、「きょうされん」が毎年、実施している「国会請願署名募金活動」の内容をはじめ、視覚障害者を対象の作業所が既に実施している募金の趣旨を読んだりして備えた。
 当日は、曇り空であったが、それほど寒くはなく、皆、熱気むんむん。当日も綿密な打ち合わせをした後、募金活動は始まった。マイクで話すというのは、非常に勇気がいるもので、誰が最初に話をするか、皆が躊躇してしまったが、まず、職員がトップバッターとして口火を切った。その後、利用者が自分達が日々感じている悩みや希望、チャレンジの授産科目・内容をマイクをまわしながら、交代で呼び掛けるという形で進められた。私は。「作業所がなぜ存在しているのかの意味」、「全国の(小規模)作業所・授産施設の現状」、「障害があっても、人間である以上、社会貢献したい・仕事したいという気持ちは健常者と一緒であること」、「仕事がなければ工賃がもらえず、生活できない。利用者の工賃は最低賃金額に満たないので、生活は非常に厳しい」、その他、「入所したいと希望する利用者に応えていくための施設拡張、それには、利用者を受け入れるために新たな作業の開拓が必要なこと」などを力強く呼び掛けた。
 一人が話しはじめたら不思議なもので、次々に利用者が呼び掛けを行い、あっという間に3時間が経過してしまった。14時30分に終了。今回の募金額は、63,340円でした。出口の見えない不況が続く昨今において、温かい御支援、御協力をくださったおひとり、おひとりに心から深く感謝申し上げます。かけがえのない貴重な社会資源であることを改めて実感いたしました。
 今回参加させていただいて、改めて作業所の果たす役割を考えさせていただくことができました。この経験を活かし、次回も募金活動に参加したいと考えております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

12月26日(金)募金・啓発活動報告

事務局長補佐 高橋和哉

 一連の募金啓発活動の最終回。今回も参加を希望する利用者5名(下奥重望、兵藤崇彦、仁茂田ルリ子、酒谷敬壱、原美穂)と職員2名の計7名で11時から14時までJR荻窪駅前で行った。募金額は、前回を大幅に上回り、108,121円でした。

 私が責任者として行った2回の活動で、私は徹底的に彼らの潜在能力を引き出そうとしました。参加した利用者は、マイクを持って「人前で話す」という非日常的な行動を通して、また、募金をしてくださる通行人の温かみに触れて、色々と考えさせられたと思います。彼らが今後、このような活動において、僕に代わって、利用者全体のエンジンの役割をしてくれることを信じています。

 気掛かりなのは、ボランティアの方との読み合わせで、参加出来ない利用者のために、参加できる状況を作り出したにもかかわらず、彼らの参加がなかったことです。障害の有無に関わらず、生活していく上で、嫌であろうが、苦手であろうが、やらなければならないことは多々あります。その結果、人は大きくなっていくと思います。
 障害者にとって、その障害の啓発を行うということは、傷に塩を塗られる思いかもしれません。でも、黙っていて、いいことはありません。このあたりの非常に繊細な事柄をこれからも彼らと話し合っていきたいと思います。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

[戻る][ホームページに戻る]