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2004年9月15日発行 第45号 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

理事長 高橋 実

 今夏の猛暑はうなぎのぼりで天井知らずといった感じでしたが、8月も半ば頃から朝夕はしのぎやすくなり、ほっとしていましたら、またまた暑くなるとか。それに台風もせっせと襲来して各地に甚大な被害を残しています。家内は大分の実家で法事があるといって土日を使って出かけましたら、なんと16号台風で飛行機が飛ばず、予定通り戻れない状況に追い込まれたりしました。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。これからは日に日に気温も下がってくるかと思います。体調には十分ご注意の上、お過ごしください。つい最近まで、私の故郷・北海道は梅雨もなく、夏は暑くなく、その上食べ物も美味しいから、と言ってきましたが、今年は本州に負けじとばかりの暑さで、クーラーもあまり普及していませんから、おすすめもできなくなった感じです。

 気象異常で4月下旬にこれまた法事で我が故郷に戻りましたら雪と霰でお経を聞きながらびっくりしていました。今度は「11月初め、旭川盲時代の同窓会を十数人でやらないかい、もうみんなで集まるのも最後だと思う」と、幹事役から声がかかりましたので、出かけようと思っています。以前この頃ですと初雪程度だったのですが、もしかしますと今度は大雪にあったりして、飛行機が飛ばなくなって足止めを食うことにはならないのかなあ、といささか心配しています。

 当センター発行の『視覚障害――その研究と情報』をさる4月号からこれまでの隔月刊から月刊にしました。定価改定時には新聞・雑誌は読者が激減して、1年ぐらいでなんとか元に戻るということが言われています。本誌もそのような道を通らざるをえないのか、と心配していました。が、わずかずつ増えてきました。ただ、従前から墨字版が思うように広がらず、苦労しております。皆さまの中でまだご購読くださっていない方がおられましたら、この機会にご愛読ください。ぜひお知り合いの方にもご宣伝いただければ幸いです。来年の1月号が創刊200号で、記念すべき新年のスタートになります。それにふさわしい内容を満載しようと、目下いろいろな人に知恵を貸してくださるようお願いしております。皆さまからもアイディアを出していただければ、これ以上の喜びはありません。

 またささやかにですが200号記念会を開き、それをバネに拡大を図りたいと思っています。席上第2回チャレンジ賞とサフラン賞の贈呈式を行いたいとも思っております。そのチャレンジ賞ならびにサフラン賞の選考委員会は9月14日開催します。受賞者の紹介記事をここではご紹介できず残念ですが、次号になります。しかし『視覚障害』10月号にはご紹介できるよう準備をすすめておりますので、ご期待下さい。

 その『視覚障害』で毎号大変な思いをしながら編集後記を書いています。誌面に限りがあり、言いたいことが書ききれていません。その点テープ版は、編集者の小川道子さんにはご迷惑をおかけしていますが、私が生で収録してもらっていますので、思う存分話すことができます。私たちを取り巻く状況を少しでも知っていただければと思い、月刊に踏み切りました4月号から9月号までの編集後記を再録した上で、ちょっとだけ書き加えさせていただきますのでご了承ください。


■No.191 4月号「編集後記」より

 装いも新たにした月刊『視覚障害――その研究と情報』をお届けします。私は創刊以前から本誌に関わりながら、年1回から2回に、4回に、そして6回にと、発行回数を増やして、「やっと」191の本号で月刊が結実しました。これ一重に愛読者をはじめ、情報提供で広告協賛してくださっている皆様のお力添え以外の何物でもありません。阿佐博さんが、記事の終わりで、「信仰が“ついに"1000号を迎えることになりました」と書いておられますが、本誌も長寿誌になれるよう努力して参りますので、これからも何とぞよろしくお願いいたします。

 創刊1963年の本誌ですが、そもそものルーツは、日本ライトハウス創設者でもある岩橋武夫氏です。1949年、盲人の大学門戸開放が長年の願いで実現し、2年後、やはり氏らの支援で日本盲大学生会が誕生しました。その機関誌として「これからの日本を背負って立つのは若い盲大生だ」という氏の期待と激励の意味もあったのだと思いますが、経費一切を負担するからと『新時代』が産声を上げました。私は54年に進学し7月の全国京都大会で、氏から「リーダーになれるよう努力しなさい」と固く握手された感激を今も鮮明に覚えています。その後、編集にも関わり、原稿と発送先のリストをもって、当時、昭和町にあったライトハウスに届けていました。58年同会は自然消滅し、同誌も廃刊しました。私を含めて就職浪人が増え、進学者も激減しての結果だとは思いますが、60年点毎に就職し、視覚障害者の高等教育の発展を目的に、61年文月会を組織し精神を継承して本誌を創刊しました。76年誌名を変更、2001年より当センターに引き継がれ現在に至っております。


 高校時代から、岩橋武夫氏のお名前は知っておりました。日本ライトハウスを創設し、運動体である日本盲人会連合や盲人福祉の拠点でもある施設を統合した日本盲人社会福祉施設協議会を組織された信念と行動の人で、尊敬しあこがれもしていましたから、上京して、半年も経たない私はどのように先生に挨拶させていただくか、迷っていましたら、なんと、先生から私のところに来られ、握手をしてくださり、その時の感激は今も忘れません。先生はその秋に喘息がこうじて急死されました。当時のライトハウスでは、今、センターが発行しているような学術専門書をずいぶん出版していたこともあこがれのひとつでした。小泉信三とか清水幾太郎とかが書かれた法学や哲学の点字書はどこにもありませんでした。それに『黎明』という点字月刊誌も出ていて、格調の高い先生の巻頭言を読み、仲間で熱っぽく夜を徹して語り合ったものです。


■No.192 5月号「編集後記」より

 月刊『視覚障害』5月号をお届けします。4、5月号の誌面はお気に召しましたでしょうか? 今後とも皆さまのご意見やご希望を伺いながら密度の濃い情報を正確迅速に提供して参りますので、一層のご支援をお願いいたします。4月19日大阪で10人の方にお出でいただき拡大編集会を開きました。席上「視覚障害者の就労実態がどうか、識者のコメントも含め掲載して欲しい」との強い希望が出ました。15日付の「点字JBニュース」では、14日開催の第8回社会保障審議会障害者部会にて身障者の就業率は全体で52%という資料が提出され、障害種別の実態どころか視覚障害者の状況が全く示されておらず、誤解を招くどころか関係者の理解も得られない。視覚障害者の数値は23.8%(厚労省14年6月実態調査)で、次回は根拠のあるデータを要求する旨が報じられました。ご承知のようにセンターはここ数年「就職調査」をしておりません。「プライバシー」がネックで、必要性は十分知りながらも中止せざるを得ませんでした。「障害者のバリアフリー」がマスメディアや関係者に取上げられる度に「視覚障害者の就労実態は」と問われますが、口コミ耳コミ程度で正確な最近のデータはありません。この機会に公務員・教員や企業に働く視覚障害者、自治体や企業経営者のコメントを聞き、今後の視覚障害者雇用に繋げたいと思います。少しでも多く、三療以外の仕事に就いている方の情報と雇用する側の自治体名や企業名をお教えください。センターホームページ上に掲示板を設けました。ファックスやお手紙でも結構です。その上でアンケートを行ない、資料作成にかかります。ご協力の程を切にお願いいたします。


 「視覚障害者の就労実態調査」に取りかかるべく関係者にお集まりいただき、個々人の就労状況をいかに把握するかでご相談しましたが、抽象的な提案しかなく、正直なところ暗中模索といったところです。大学進学に例を取っても点字使用者が昨年は33人、今年は24人が進学しており、例年これに似た数字だと思いますが卒業後のことはまったくわからないというありさまです。プライバシーの壁をクリアできるような方法はないものかと今も苦慮しています。


■No.193 6月号「編集後記」より

 月刊『視覚障害』6月号をお届けします。本誌「表紙写真」と誌面で奨学生の記事をご紹介していますが、私と職員4人も、みずほ奨学生決定式に1人で出席する学生の送り迎えなどのお世話で参加しました。この席には、みずほ銀行の役員も財団の関係者として出席され、学生や親御さんの話に耳を傾け、問いかけもしておられました。例年思うことですが、学生の声も明るく、話す内容も夢いっぱいという雰囲気が感じられ、私が進学した1954年当時とは大違いで、羨ましくもあり、何もかも忘れられる一時です。私の学生時代は、東京と関西、隔年で7月、全国盲大学生大会があり、そんな折、必ず出た問題が「入学後の学習条件整備」「卒業後の就職」等で、複雑な議論をしたものです。私も目的は持って進学しましたが、就職浪人を2年間しました。その間、点字毎日などで「盲大学生よ何処へ行く」とか「大学は出たけれど」と書かれたり言われたりして、悔しい思いをしました。盲学校や保護者も今のように進学に理解が無かっただけに、当事者の悲壮感は夢を覆い隠すような状況で、入学時の不安がもろに心情に現れていたのだと思います。盲大生のための奨学金制度(聖明・朝日は1969年、CWAJは1978年、富士(現・みずほ)は1986年、メイスンは2003年から)ができ、有能な点訳・音訳ボランティアも数多く生まれました。IT機器の活用と相まって学習条件は隔世の感があります。それに反し、就職環境の厳しさは今も変わりませんが、学生に危機感が感じられないのは、最近の若者の時代感覚のせいなのでしょうか。しかし、私は支援の輪を広げる努力をしていかなければと思う、センターでの毎日です。


 視覚障害者に大学の門戸が正式に開かれたのが1949年で、その年には同志社と日大と早稲田の3校でした。当時の東京教育大が点字入試を認めたのがその2年後だったと思います。私は1954年に進学しました。当時全国で10校足らずが視覚障害者の入試を実施していました。学生も全国で40人近くいたと思います。ご承知のようにその頃はボランティアなどという実態もなく、有料点訳者も全国で3人でしたから、テキストなど点訳してもらうには順番待ちで、私は4年間でドイツ語のテキストだけ点字にしてもらったほどでした。当時はもちろん点字タイプライターですから点訳者も大変だったろうと思います。その頃は日本盲大学生会の事務所は東京ヘレン・ケラー協会にあったことと、女子学習院短大がその斜め向かいでしたから、彼女らの空き時間に協会に来て、2時間刻みでリーディングサービス(今の対面朗読)を受けて勉強しました。盲学生は大学の授業とリーディングサービスを上手に組んでの1日でした。ですから10時から5時までびっちりリーディングを受けていた盲学生もおりました。しかし、年々有料点訳者も増えてきたことと、経済的に苦しむ盲学生もあって、奨学金制度を設けて欲しいという要望が強く出てくるようになりました。

 「聖明・朝日」は毎月3万円が貸与され、卒業後返済するというものです。昨年まではセンターが公募・推薦を委託されていました。「CWAJ」はまったくセンターが関わっていません。「みずほ」と「メイスン」は年額1人30万円で返済の必要はありませんが、点訳や朗読にしか使うことができず、センターが公募・推薦・運営を引き受けております。盲学生が勉強していくには晴眼学生の10倍以上のお金がかかるだろうと言われています。幸い、有能なボランティアが増えてきましたし、IT機器の発達でいくぶん悪環境は解消されつつあるようですが、学術専門書にしても点字はセンターが取り組んでいるだけですから、まだまだ本当に勉強する学生にとっての学習環境はできていないといえます。


■No.194 7月号「編集後記」より

 短信(文末参照)でご紹介しましたように、一般校に学ぶ視覚障害児への点字教科書無償配布が決まりました。遅きに失したとはいえ朗報です。私は瞬間、司法試験、公務員試験、教員採用試験そして1991年の国家公務員の点字受験が、当時の大平総理の決断で決まったことを思い出しました。運動のないところに結実はないのだということを改めて認識しました。肥田議員からも「この制度の徹底を図るように」との要請がありましたが、本誌もこのことを含め、情報は正確・迅速に提供していく努力をしなければならないと決意を新たにしています。そしてますます点字専門家の必要を感じました。私は以前から手話通訳士のような国家資格をもった専門家を誕生させ、点字の市民権と雇用に繋がる「点字技能師制度」を提案、5年前スタートしました。国の資格制度廃止と規制緩和の流れの中で、何とか「社内技能師」で国のお墨付きが取れるところまで漕ぎ着けました。手話通訳士は15回で受験者9772人中、合格者は1215人、点字技能師は4回で受験者916人中、合格者は104人です。私は点字の資質向上のため、6月に都内で「点字技能師研修会」と「点字技能チャレンジ講習会」を開きました。北は旭川から南は鹿児島まで120名が参加されました。また、4年前、国政選挙の公報だけでも全訳の点字版をつくることが情報提供の第一歩だと提案し、これもようやく参院選挙で実現しました。正確・迅速が当然の選挙公報や、間違いなどがよく指摘される点字サイン等のチェックや、教科書製作に関わる出版所や図書館などに、点字技能師の必置が義務づけられるよう働きかけていきたいと思う今日この頃です。


【短信】やっと点字教科書も無償供給――衆議院で文部科学省が表明
 5月28日の衆議院文部科学委員会で文部科学省の近藤初等中等教育局長が「一般校に在籍する視覚障害児童生徒に対しても点字教科書を拡大教科書と同じように無償給与する」という意向を述べた。これは、同委員会で民主党の肥田美代子議員が質した質問に答えたもの。肥田議員は「弱視の子どもも含めて視覚障害の子ども達が普通学校に通っているのはもうこれから当たり前になってくるかも知れない」と言い、その対象児童生徒に手厚い条件整備をしなければならないと訴えた。同委員会で河村文部科学大臣も「障害の有る無しに関わらず教育の機会均等、また学ぶ権利、そういうものをきちっと認めていくことの必要性」を強調した上で、更に「義務教育段階で児童生徒全てに国が最終的な責任を持つ、そして適切な教育が受けられるように教育環境の整備をしていかなければならない」という考えを示した。
 「地域の学校で学ぶ視覚障害児(者)の点字教科書等の保障を求める会」の野々村好三代表は「実現して嬉しい。今後は点訳者の養成や安定した教科書提供のための検討会などを考えていかなければならないと思っています」と語っている。

 「点字教科書等の保障を求める会」の努力は本当にすばらしいことです。最近に限ったことではないのかもしれませんが、なかなか運動といいますか行動が継続して盛り上がらないように思います。参院選の論点にもなった自衛隊のイラク派遣にしても年金問題にしても、熱く議論されても運動として盛り上がらないということです。若い人たちが中心になって、特に厳しい環境におかれている視覚障害者の雇用促進について、点字書名も含めて国民的問題として盛り上げて欲しいと願っている1人です。『点字JB』を読んでいて、「やっぱりまた出てきたか」と思うことがありました。8月25日のタウンミーティングで麻生総務相が「利便性は落とさない、基本的に継続させることになると思う」と点字郵便物無料化について述べたそうです。私は2002年7月28日付の『支援センターだより』でこのことについて書きましたので、重複は避けますが、第4種郵便物である点字郵便については一昨年「法には明記しないが無料扱いする」ということでしたが、3種も4種も法に明記されなければ駄目だということで、障害者団体が一斉に立ち上がったわけです。3種郵便物である特定の郵便物については個別料金を見直す方向だと総務相は言っています。学術・定期刊行物・新聞などがそれで、今は料金が軽減されています。センターが発行していますこの『支援センターだより』も『視覚障害』もその恩恵に浴しています。その当時も一部点字に関わる関係者は「3種は別、4種の点字だけ継続されれば」なんて身勝手なことを公言していました。いずれ3種郵便料金の引き上げがなされること間違いなしです。いずれも法に明記して現状維持を図るべきだと思います。


■No.195 8月号「編集後記」より

 第20回参院選は自衛隊の多国籍軍参加・年金改革・憲法改正などを争点に闘われました。私は政党の公約もさることながら、ニュアンスの異なる個々の候補者の政見に関心をもって聞きます。今回は点字による「点字ジャーナル号外」の他に「点字毎日号外」が発行されました。この号外のどちらを点字使用者に配布するかは都道府県選管の判断によりました。選挙公報に違いがあるはずはありませんが、点字版を製作する側の事情で公報の内容をどれほど盛り込めているか、いずれの号外が有権者のニーズによりフィットしているかを判断できるほどの知識を選管がもっているかです。「号外」に関してマスコミ2誌は大凡次のように書いています。毎日新聞(6月28日夕刊)は「点字ジャーナル号外」については「各政党が寄稿した政見と比例区の候補者名簿、43都道府県の選挙区候補者名鑑」。一方、点字毎日(7月4日)は「点字毎日号外」について「比例区の政党公報を全文点訳した比例代表選出議員選挙のお知らせが全国20府県で配布されることになった。日盲連と日盲社協点字出版部会加盟19施設が協力した日盲委視覚障害者情報支援プロジェクトが取り組んだ」。私の住む東京都選管は「点字ジャーナル号外」を買い上げ、送られてきました。

 私が点毎に入社した1960年代は、氏名、年齢、党派、履歴などをまとめた、いわゆる5行名鑑が「点字毎日号外」として出ていました。その頃もユーザーからは「この程度のものではあまり役に立たない」と言われていましたが、製作する側としては、予想される選挙公示前からの資料集めと準備はさることながら、点毎の発行に支障をきたしてはならないという至上命令で、徹夜連続のパニック状態でした。その後「号外製作は返上した」ということでホッとしたことだけは覚えております。当時の自治省は東京ヘレン・ケラー協会に頼みこみ、現在に至っているのだと思います。

 5年前、日盲社協京都大会で「出版所が協力して国政選挙公報全訳版を提供することは急務であると共に使命でもある」という私の提案が認められました。しかし、なかなか実施に踏み切れず、ようやく今回結実したのですが、東京ヘレン・ケラー協会との共闘は実現しませんでした。プロジェクトが選挙区候補者の公報製作に手を染められなかったことと、私のところに送られてきた「点字ジャーナル号外」にはあった総務省・中央選挙管理会発行の「参議院議員通常選挙における投票方法について」という冊子をプロジェクトは添付できなかったこと、「点字ジャーナル号外」が選挙区候補者名鑑に終わったことなど、課題は幾つか残されました。先発と後発でそれぞれに物理的技術的要因と実績と信頼度などといった難しい問題はあるでしょう。しかし、選挙公報が号外とはいえ選管が買い上げて点字使用者に配布するからには、公平さを欠き点字有権者の投票行動に影響するようでは問題です。参政権の行使に欠かすことのできない基本的な情報保障の責任の一端は私たちにもあります。次の選挙公報製作に向けて、墨字全ての全訳を正確に、より迅速に提供するための環境整備を行ない、その上で総務省も巻き込んだ結論を生み出し、誤解のないような選挙公報点字版をつくりたいものです。


 第20回参院選挙で、比例区だけにせよ点字全訳版が実現したことは歴史に残ることだと思います。選挙区選挙はいわゆる小選挙区ですから、比例区のように簡単にいかないことは関係者なら誰でもわかることです。しかし、クリアしなければならないことです。情報提供施設で製版機・印刷機・製本機を所有して、正確・迅速を誇れるところは90館の中に数多くあると思います。お祭り騒ぎで用意ドンで取り組むのではなく、緻密な作業手順を徹底的に練らなければいけません。点毎の読者欄に「報道と違った選挙公報が送られてきた」という意味のことが載っていました。広報が2つあり、中身の濃さに違いがある、また、点字がエンボスと固形という違いもあるということを含めて、有権者に知らせることは国はもちろん出版社側にも責任の一端があると私は思っております。


■No.196 9月号「編集後記」より

 7月末、全日盲研大会で秋田に出かけました。本誌7月号で特集しました「盲学校はどこへ行く――特別支援教育下における視覚障害教育」についても話し合われ、再来年の第81回大会から現在を直視し未来を見据えた大会を目指すそうです。視覚障害教育の専門性が強調され、センター化構想も各校で実践されつつある中で、ろう・養護などとの統合が様々な形で同時進行し、模索されています。半世紀以上も前ですが初等部時代盲唖学校で寄宿舎も同じだった私としては、素朴な不安があり、「盲学校大好き人間」だけにうねりに注視したいと思います。  本誌6月号で盲導犬訓練士養成校開校、本号で直居さんに2頭目のパートナーとの訓練について、書いて貰いました。私は大卒後1人歩きをしていません。点毎時代、仕事や送り迎えは家族・同僚・タクシーでした。1957年東京光明寮で、盲導犬第1号の訓練をされたアイメイト協会の塩屋賢一理事長が、盲導犬チャンピーを伴い講演された折、学生で犬好きの私も参加し夢を膨らませました。1973年日本ライトハウスが関西盲導犬訓練所を立ち上げ、本部の屋上で訓練を開始した折、その第1号を貸与して貰おうと、ライトハウスや国鉄にお願いと理解を求めました。犬も決まり訓練士との最終打合せで「仕事柄、乗り物・ホテル・取材先に前もって了解をとる等のゆとりはない。通勤だけで、出張等の時は家族に預けたい」と話すと、「自分勝手に、頼ったり放ったりでは信頼関係が成り立たない」と言われ夢は破れました。粗製乱立・乱造は困りますが、適正配置を考慮し、ユーザーが物心両面で受けやすい訓練環境になれば、もっと盲導犬利用者が増えること間違いなしでしょう。


 文部科学省は5月1日現在で「平成16年度学校基本調査速報」を発表しました。それによると、今年度の盲学校在学者数は全国71校で3,870人、昨年より12人減、ろう学校は106校で在学者数は6,573人、昨年より132人減、養護学校は昨年より4校増えて822校で、在学者数は88,353人、昨年より2,467人増となっております。盲学校の校舎は立派で大きくなっています。私の時代は全国で1万人近くの在学者で、旭川でしたが今より校舎もずっと小さくてその上、ろうと一緒でした。もちろん生徒は盲よりろうが多かったです。門外漢の私ですら特別支援教育の名の下に障害別だったものを統合したりするのはますます少ない視覚障害児・生徒を片隅に追いやることにはならないのだろうかということです。教育と雇用は異質なものなのかもしれませんが、雇用促進法が成立した頃、私たちは障害別等級別に雇用率を設定しなければ重度である視覚障害者はカウントから置き去りになると訴え運動しましたが、物理的に無理だと一蹴されました。案の定、視覚障害者に適職だといわれていた三療からも追いやられようとしています。ダブルカウントで軽度者2人を雇えば重度者1人になること自体私には納得できなかったことです。三位一体とか言われている中で、教育予算の一部が文部科学省から外れるというようなことが知事会で、40対7で、進められる方向になったとか。このようなことから盲学校の教員定数にも影響して、視覚障害害児・生徒にしわ寄せがこないと関係者は確信できるのでしょうか。これは私の思い過ごしであればと思います。

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第13回「専門点訳者実践養成講座」前期受講生募集のお知らせ

三上 奈美恵

 本年も当センター主催の「専門点訳者実践養成講座」を開催する運びとなりました。この講座は社会福祉法人中央共同募金会からの助成、ならびに杉並区からの後援(予定)を受けて実施いたします。
 今回は初の試みとして前・後期の2回(内容は同じ)それぞれ4講座を行いますが、そのうちの前期日程(10月〜12月)について受講生を募集します。以下、養成講座の概要についてご説明いたします。

1.目的

視覚障害学生ならびに専門職にチャレンジする方、専門職に従事する方たちのテキスト、学術書、参考書、専門書等を正確かつ迅速に点訳する点訳者の養成を行います。

2.応募資格

「日本語基礎」については、点字をマスターしようとする方で、受講修了後に通信教育の応用編に進むことを原則とします。初心者も歓迎します。それ以外の3講座については日本語点字をマスターした点訳経験のある方。特に「実践」は、パソコンによる点訳作業をするため、実際にパソコン点訳を行っている点訳歴5年以上の方に限ります。

3.会場

社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター 4F会議室

4.講座の内容・時間数・講師

各講座とも1回3時間(途中休憩あり)、全5回もしくは7回で実施いたします。

■日本語基礎
  飯田 三つ男(点字技能師/視覚障害者支援総合センター 職員)
■音楽
  坂巻 明子(点字技能師/視覚障害者支援総合センター 職員)
■実践
  橋本 京子(点字技能師/視覚障害者支援総合センター 所長補佐)
  佐藤 實(視覚障害者支援総合センター 職員)
■情報処理・理数
  長岡 英司(筑波技術短期大学 教授)

5.定員

「日本語基礎」のみ15名以内、その他3講座については10名以内とします。

6.日程

「日本語基礎」:毎週月曜日 午後1時〜4時
  (1)10/18 (2)10/25 (3)11/1 (4)11/8 (5)11/15 (6)11/22 (7)11/29
「音 楽」:毎週金曜日 午後1時〜4時
  (1)10/22 (2)10/29 (3)11/5 (4)11/12 (5)11/19 (6)12/3 (7)12/10
「実 践」:毎週土曜日 午前9時〜12時
  (1)10/23 (2)10/30 (3)11/6 (4)11/20 (5)11/27 (6)12/4 (7)12/11
「情報処理・理数」:土曜日 午後1時〜4時
  (1)10/23 (2)11/13 (3)11/20 (4)12/4 (5)12/18
*日程については講師の都合等により変更することがございます。ご了承ください。

7.受講料

無料。但し、テキストなどの教材は実費。

8.受講生の義務

(1)「視覚障害者支援総合センターを支える会」の会員、もしくはこれから入会される方。会費は年間1口5,000円以上。
(2)受講生は原則として10月16日(土)に行う開講式に出席すること。

9.その他

「点字をマスターして近い将来点訳者としてセンターの戦力として活動したい」という方で遠方にお住まいの方、もしくは日程の調整がつかない方には通信教育制度を設けておりますので、どうぞお申し出ください。

 後期日程は来年1月から3月に実施し、12月に受講生を公募する予定です。詳細につきましては、次号にてお知らせします。

10.お申込み・お問い合わせ先

 本講座の受講を希望される方は、ご面倒でもセンターまで応募要項をご請求ください。 お電話もしくはFAX、Eメールでも構いません。FAX、Eメールの場合には、要項のご送付先(お名前、郵便番号、ご住所、お電話番号)について必ずお書き添えください。

 また、本講座ならびに通信講座についてご不明な点がございましたら、担当者までお問い合わせください。

  養成講座担当 三上 / 通信講座担当 尾田
  TEL:03−5310−5051
  FAX:03−5310−5053
  Eメール:mail@siencenter.or.jp

 今回は、開講式を10月16日(土)午後1時より「あんさんぶる荻窪」(荻窪駅南口徒歩1分)にて行います。アテネでのオリンピックは閉幕しましたが、これから開催されるパラリンピック(9月17日〜28日)について『私の見たまま聞いたまま――アテネパラリンピックから』(仮題)と題し、元JBS日本福祉放送ディレクターの武藤歌織さんに講演していただきます。この講演会は本講座受講生だけでなく、どなたでもご自由に参加いただけます。また、講演会場ではセンター発行の書籍や好評の「2005年チャレンジ点図カレンダー」なども展示即売しておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

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体験実習生を迎えて

尾田 真弓

 去る7月9日(金)、センター、チャレンジに、2つの盲学校から体験実習に高等部生徒2名と先生1名、見学に専攻科1名と先生1名、合計5名のかたが来られました。今回は、特に体験実習についてご報告させていただきます。
 当日は10時から16時まで次のような日程で、行われました。

10:00〜10:30 4階にて、理事長による説明
10:30〜11:00 2階に移動してチャレンジ説明、点字読み合わせについてのポイント説明
11:00〜12:00 読み合わせ
12:00〜12:40 昼食
12:40〜13:00 チャレンジ通所者と懇談
13:00〜14:00 読み合わせ
14:00〜14:10 休憩
14:10〜14:40 3階に移動して、印刷・図書製作の説明
14:40〜15:30 印刷・製版その他の作業
15:30〜16:00 4階にて、まとめ

 10時からの理事長の説明の中で、視覚障害者にとっての点字の必要性や、センター・チャレンジ設立に至る経緯、施設の説明等が行われました。自己紹介では、2人の実習生の幾分緊張した様子がうかがえました。

 場所を2階チャレンジに移して、さらに施設説明と、点字の読み合わせについてのポイント説明がなされました。その後、2人それぞれに職員と1対1で点字の読み合わせを行いました。2人ともすんなり読み合わせに取り組むことができていたので意外に思って聞いてみると、今回の実習にあわせて、学校で点字読み合わせ校正や校正表の書き方等の指導を受けてきたとのことで、きめ細かな事前指導をありがたく思いました。

 昼休みはチャレンジ通所者との懇談を予定していましたが、当日はお休みの通所者が多かったので、代表で1人の通所者と私、実習生2人と先生の5人で、質問に答える形で話しました。はじめは何を聞こうか迷っているようでしたが、「点字は1頁をどのくらい早く読めますか」「どれくらい早く点字を書けますか」等、午前中の読み合わせに関連した質問から趣味のこと将来のこと等まで話されました。様々な考えを聞くいい機会でもあり、もっと時間と人数が揃っていたら2人の高校生にもよかっただろうと思うと、受け入れる我々も自覚しなければと感じました。だいぶ緊張もほぐれた様子で、午後の読み合わせと3階での点字印刷も終えました。

 実習を終えて4階でのまとめの時間になると、理事長の前だからかまた緊張がぶり返した様子でしたが、理事長の「実習はどうでしたか」との問いに、「読み合わせは、はじめはどうしていいかわからなかったけど、なんとかうまくできてよかった」「文章の意味がつかめなくて苦労した」と率直な感想が聞けました。理事長からの「自分の将来をじっくり考えて決めてください」という励ましの言葉で実習は終わりました。

 センターには、一般の中学校からの修学旅行生やボランティア希望者、点訳者で見学に訪れる方は多くても、盲学校からまる1日実習生を迎える機会が今まであまりなかったので、今回の実習プログラムも準備に苦労しました。点字校正という特殊な作業を実習でどこまで理解してもらえるのだろうかと、準備しながらもあれこれ心配しましたが、何とか無事終えることができました。

 実習に来てくれた2人には、理事長の言葉どおり、自分の将来についてじっくり考えて思う道に進んでもらいたいと願っています。また我々は、今後同じような実習の機会があったときには、今回の反省をふまえてさらにしっかりとした受け入れ体制を作っておきたいと思います。

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修学旅行の中学生、センターを見学

橋本 京子

 少し前のことですが、5月の中旬、宮城県から5人の中学生がセンターに来られました。石巻市立渡波中3年の生徒さんで、修学旅行の一行程で、約1時間、センター内を見学されました。

 学校教育の中で「総合的な学習の時間」が始まり、「点字は勉強したので視覚障害福祉関連の施設を見学したい」という児童生徒さんが増えています。机上の学習に偏らない、実際に見て感じての体験学習や、個々人が受けた印象をもとに次の学習に繋げていく教育に賛同し、現場の先生方から依頼があると、啓発活動の一貫として、年に5、6件、センターでも許される範囲内の対応をさせていただいています。

 見学に際してお願いするのは、何が見たいのか、知りたいのかを、事前にご検討いただくこと。項目を挙げてもらった上で、より密度の濃い学習に繋がるよう、ご説明するのです。

 過日、その渡波中の校長先生から、見学のお礼と代表の生徒さんのお手紙をいただきました。以下に、生徒さんの文章をご紹介します。私たち施設としても、彼らの純粋な感動が仕事の原点を考えるきっかけをつくり、逆に勉強にもなります。少しでも何かの形を残し、これからに活かされるお手伝いができたなら、なお幸いです。

社会福祉法人視覚障害者支援総合センターの皆さまへ

拝啓

 新緑の美しいころとなりました。視覚障害者支援総合センターの皆さまにおかれましてはお変わりなくお過ごしのことと思います。私たちも充実した学校生活を送っております。
 さて、先日は、私たちの学校の修学旅行におきまして、「点字」というテーマにつきまして、見学させていただいたり、貴重なお話を聞かせていただいたりしまして、ありがとうございました。おかげさまで「点字の本の作り方」や「仕事の様子」について深く知ることができました。特に印象に残ったことは、点字の本の中には1人のためだけに作るものもあるということです。そして、そのためにたくさんの人が力を合わせ、1冊の本が出来あがるということは本当にすごいことだと思いました。また視覚障害を持った人たちがパソコンを使って点訳をしていたりするのを見て、目が不自由な人でも前向きに生きている姿に感動しました。
 この調査活動をきっかけに、新たな疑問も増え、総合的な学習の時間に取り組む課題がより明確になりました。これからは、今まで以上にしっかり研究、調査を進めることができると思います。本当にありがとうございました。
 最後に社会福祉法人視覚障害者支援総合センターの皆さまのご健康とご発展を心よりお祈り申し上げます。
 まずは取り急ぎお礼まで。

敬具

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点字絵本のご紹介――点字の普及・啓発に新しいタイプの本

橋本 京子

 『ニングルと歩く森 ふらのの風になって』を知っていますか?
 これは、円盤式ピンディスプレイ「てんてん」の開発発売元・株式会社アスクが、去る7月に発行した点字絵本です。富良野の森に住むアイヌ伝説の妖精が、富良野の四季を動物たちと巡る物語で、点字と点図のページ、墨字文章とカラーイラストのページが交互に現れるユニークなもの。墨字イラストは和紙のちぎり絵調で、その風合いが物語の舞台・富良野の自然美を醸す、対する点字と点図は、触読者の指に優しいエンボス加工です。

 この絵本、第2弾第3弾と版を重ねるそうで、その第2弾の点字と点図は当センターが担当します。今年も既に発売を始めました「チャレンジ点図カレンダー」(2005年用、今年は星座カレンダー!)と同様に、点字の普及と啓発に一役買えますよう、製作させていただきます。

 点字の付いた玩具や絵本が珍しくなくなった昨今ですが、バリアフリー絵本というと、墨字に透明のUVインクを乗せたものがほとんどです。しかし皆さんご存知のように、UVインクは指の滑りが悪く、読書にはあまり向きません。
 新スタイルのエンボス点字絵本に期待を寄せ、まずは1人でも多くの方に、目で指でご覧頂きたく、ご紹介させていただきました。「文章と点図がどんな風に読む人を引きこんでくれるか楽しみです」と理事長高橋も言っております。読まれて皆さん、どのような印象をお持ちになるでしょうか?

点字絵本『ニングルと歩く森 ふらのの風になって』
絵と文・丹沢裕子(たんざわ ひろこ)
価格1,800円(定価1,714円+税)
発行所 株式会社アスク
初版発行 平成16年7月28日
対象 小学生以上
お問い合わせ先 電話072-897-1000 株式会社アスク

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研修会に参加して

坂巻 明子

 6月12・13日と新宿にある戸山サンライズにおいて「点字技能師(専門点訳者を含む)研修会」および「チャレンジ講習会」が行われ、北海道から鹿児島まで120名近くが集まりました。視覚障害者施設の職員や利用者、盲学校の先生、点訳者などが出席され、みなさん熱心に勉強されていました。

 私が出席した研修会には77名が参加しており、1日目の英語や理数・情報処理、2日目の古文・漢文、そして点訳レベルアップのためのお話まで、それぞれの講師の方をお迎えして有意義な時間を過ごさせていただきました。

 1日目の最初は英語点訳について、日本点字図書館の松谷詩子さんにお話していただきました。今回の出席者には、「英語の点字はこれから」「英語の点字は習ったが実践していない」「現在使用している」の3つに分けた場合、約3分の1ずつとなりました。そこで、松谷さんには英語の点字には読み速度をあげるために略字や縮字があるというお話を導入として、後はその略字の規則やポイントについて、細かく資料を元に説明していただきました。
 質疑応答では、点訳者の方が熱心に質問されており、予め質問項目を紙に書き出してそれを見ながら、という人もいたくらいでした。その熱心さ、私たち触読者のために読みやすい点訳を常に考えて下さっているんだなあとつくづく感じ、ありがたい思いでいっぱいになりました。

 続いて、理数・情報処理の点字表記について、筑波技術短期大学教授の長岡英司先生に、資料を見ながらいろいろなポイントについてお話をしていただきました。2001年に理数の記号に関する暫定改訂版が出され、そのことに触れながら、小学校で使われる記号から大学や専門分野で使われる記号まで、幅広く説明を受けました。点字で28ページにも渡る資料を2時間ほどでこなすというのはとても大変で、広く浅くという感じでした。
 私は日本語や英語、そして音楽に比べてこの分野の勉強はまだまだ足りないことだらけなので、もっと自分自身でも勉強をしていこうと思いましたし、先生の講義をもっとゆっくり、数学なら数学、といったように詳しくお聞きしたいと思いました。

 2日目は、まず日本点字委員会副会長の小林一弘先生に古文・漢文の点字表記についてお話していただきました。

 例えば、古文の文章があって、さらにその脚註が書かれているものをどう点訳したら分かりやすいか。これについては、点訳者の立場としてはどこか区切り目のよいところまで本文を入れてから脚註を入れる、あるいは古文の文章を先に全部点訳してから脚註を入れる、というやり方が点訳しやすいといわれていますが、触読者としては本文と脚注はそばにあったほうがよいと思っている人も多く、区切りにならなくても1ページごとに本文を入れたところまでの脚註が欲しいという声もよく聞かれます。また、漢文においては、点字は音で判断するため、「しん」「かん」などといった音だけでは漢字が沢山ありすぎて判断できないものがあります。そんなとき、点訳者が言葉を補わなくてはなりません。そういうことからも、古文や漢文の点訳は難しい部分もあるのですが、質疑応答の中ではかなり細かい質問が点訳者から出されており、みんな熱心に勉強されていることを感じました。

 研修会の最後は、神奈川ワークショップ次長・藤野克己さんに点訳レベルアップということで、点訳や校正の役割についてお話していただきました。質の良い点訳書を早く作るということは、「量」「時間」「正確さ」が大切になってきます。また、下調べをよくやって、調べたものは原本に書き込み、校正が楽になるようにしていく必要があります。校正者は点訳されたものをしっかり読んで誤字や分かち書き、そしてレイアウトなどをチェックしますが、その際に「自分は点訳者より偉い」と思ってはいけません。間違えの箇所を直してもらうのはもちろんですが、だからといって全部点訳者のせいにするのではなくて、一緒に作り上げていく姿勢でいなければならないと私も思います。存在のなかったものを存在させて下さる点訳者を大切にしたいと思いますし、育てていきたいとも思っています。

 理事長が今回の研修会の閉会の言葉で、「技能師というのは私たちが仕事をする上でこれから必要になってくるし、点字というものが『盲人の点字』ではなくて晴盲共有の点字――手話通訳士のような形にもっていきたい」と話していました。そうなるためにも、私は点字技能師としてさらにいろいろな専門分野の点字を深く追求し、点訳者の方やこれから点字を勉強される方の指導もしていきたいと思います。

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「点字技能チャレンジ講習会」を受講して

狩野 真奈美

 2004年6月12、13日の2日間、新宿区にある「戸山サンライズ」で「点字技能チャレンジ講習会」が開講されました。貴重な土・日の週末にも関わらず、点字使用者15名、墨時使用者28名の合計43名が受講しました。日本全国各地から泊まりがけで受講されている方が多数おられました。

 この講習会は、「点字技能試験」に挑戦しようとする人を対象に開講されました。「点字技能試験」は今までに4回行われていますが、このような講習会は初めて開講されました。

 私がこの講習会を受講しようと思ったのは、「点字技能試験」を受ける際にどのように勉強をしたらよいのか、知りたかったからです。今までに第3回と第4回の2度試験を受けましたが、いずれも学習ポイントが分からぬままがむしゃらに勉強をし、試験を受けたので、失敗に終わってしまいました。このような苦い思いをすることなく、万全の準備をした上で試験にのぞむことができるので、今回の講習会はとてもよいものだと思いました。

 講習会は、「点字技能試験」の「学科試験」「点字化問題」「校正問題」のそれぞれの科目について1講座ずつ、講座が全て終了した後、学科試験以外の試験科目の「ミニ模擬試験」という内容になっていました。各講座共に、「第4回点字技能試験」の過去問題を資料として使いました。

 講座1は「学科問題の解説」、講師は高橋秀治先生。まず、「点字技能試験」は「手話通訳士養成試験」に習って「点字技能師」を養成するために行われるようになったこと、「点字技能のレベルアップにつながること」が目的であることを話されました。今年から公的資格になるので、受験資格や願書の手続きについて、今までの試験と変わったことの説明がありました。このような話を聞き、試験に対する心構えができたところで学科試験の内容の説明に入りました。全部で32問ある中で、どのような出題内容で何問ずつ出題されるのか、実際に過去問題を見ながらの説明でした。そして出題内容それぞれについて、知識を得るために読んでおくべき本や雑誌や資料を具体的に挙げながら学習ポイントを説明されました。問題途中に障害者の実態や視覚障害者について、点字に関するものがあるので、試験のための勉強をしながら生活の視野を広げることができると話されていました。

 講座2は「点字化問題の解説」、講師は高橋恵子先生。「点字化問題」とは、墨時使用者は原文、点字使用者は原文を読んだものが録音されているテープを聞いて、点字に起こすものです。講師の先生自身「点字技能師」の資格を持っておられるのですが、試験を受けた際の失敗談や苦労なさったことをいくつか話してくださいました。その上で、試験に向けての学習方法、得ておくべき知識や身につけておかなくてはならない技術、どのような解答を書くのが望ましいか、減点されるのはどのような場合か、詳しく説明してくださいました。

 講座3は「校正問題の解説」、講師は藤野克己先生。「校正問題」とは、墨時使用者は原文、点字使用者は原文を読んだものを録音したテープを聞いて、点字で書かれた問題文と原文とを照合し、点字のミスを指摘するものです。まず、点字本が出来上がるまでの流れの中で、原本に忠実な本を作るため、たくさんの人に読んでいただくために「点字校正」が大切であることを話されました。その上で、どんなタイプの問題が出題されるのか、過去問題と解答例を見比べながらひとつずつ説明されました。そして、試験の解答として望ましい校正表の書き方、減点の対象となるのはどのような場合かについて話されました。『日本点字表記法2001年版』を隅々まで読みこなし点字表記を学習しておくこと、ミスを見つけられるような点字の触読の力を身に付けることを具体的に挙げて、試験に向けての学習の仕方を詳しく教えていただきました。

 3講座共に最後に質疑応答の時間があったのですが、決められた講座終了時間を超えるくらいたくさんの人が活発に質問されていました。初めて試験を受けようとされている方は「○○の場合はどうしたら良いのか」というような初歩的な質問が多く、初めての試験のことをできるだけ多く知っておこうとしているのが分かりました。何度か試験を受けられている方は「点字の表記の専門的なこと」に付いての質問が目立ち、「点字技能師」の資格を得たいと強く望んでいることが分かりました。

 講座が全て終わった後は「ミニ模擬試験」。本番の試験と同様に緊張の空気が張りつめた中で1時間行われました。私は、点字使用者なので、テープを聞いての試験でした。自信を持って解答を書き進めていきました。
 試験終了後、小林一弘先生による模擬試験の解説がありました。正答を貰い、自己採点をしながらの解説を聞きました。初めて体験した方は、どのようなものかが雰囲気だけでも分かったのではないかと思います。私自身は、自信を持って書いたはずの解答にいくつかのミスがあり、ショックを受けることとなってしまいました。

 講習会を受講し終えて、「点字技能試験」に向けての勉強の仕方も十分に分かりました。公的試験になって、受験料が2万という高い額になったので、受けられるかどうか微妙ですが、試験に挑戦したい気持ちが強くなりました。

 最後に、私自身が今、授産施設「チャレンジ」で「点字校正」をさせて貰っているのですが、この2日間の講習会を受講した中で、点字について新たな気持ちで学ぶことができ、「まだまだ勉強しなくては!」と反省させられ、自分自身を見直すよい機会となりました。

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日点委総会に出席して

飯田 三つ男

 去る5月29・30日、横浜で行われた「日本点字委員会第40回総会」に、私は3人の職員と共に出席させていただきました。
 会場内は、先生方による点字表記法に関する熱い議論のため、熱気と緊張感が満ちあふれていました。
 私は点字表記法決定の現場を目の当たりにし、日常生活において常に点字を使用している者として、改めて身の引き締まる思いがしました。

 2日間にわたる総会の中で、関点研(関東地区点字研究会)から提案された「中点の表記」について、私の思うところを書いてみようと思います。

 関点研の提案「一般書における〜」に見られるように、この手のルールはそのほとんどが、活字文を点字文に変換するためのものであるように思えます。そのため、「中点を省略するか否か、省略した部分をマス開けするのか続けるのか等」のルールそのものが複雑化し、私のように、日常的に点字を使用している者がそのルールを守って正確に書き表すことは困難を極めています。例えば、「9・11テロ」を、続けて「9[数符]11 テロ」と書くのか……。どう書けば良いのだろうか? 「オスマン・トルコ」は「オスマン・ トルコ」で良いのでは? そして、「セ・リーグ」を「セリーグ」と書いて本当に良いのだろうか等々……。点字を書く度に疑問が生じ、衰え始めた我が頭脳を酷使しています。

 私は、業務として視覚障害者に「パソコンを操作して、活字文を作成すること」を行っています。その中で、先に記した「中点(読点)のルール」がもらたらした弊害に、よく直面します。
 「セリーグ」という点字の書き方に慣れてしまった点字使用者は、パソコンを操作して活字文を作成する時にも、「せりーぐ」と入力してしまう。また、重ね数字の表記でも、「17、8歳のコギャル」を「178歳の コギャル」、「4、5日旅に出る」を「45日 旅に 出る」、「ビールを2、3杯飲む」を「ビールを 23杯 飲む」と何の疑いもなく、入力してしまう。そして、外国人の名前の表記でも、「ジョージ ブッシュ」や「サミー ソーサ」などと中点を省略し、マス開けして入力してしまう。このように、笑うに笑えない現実が頻繁に起きているのです。

 本題を少し離れてしまいますが、付属語の「は」を「わ」と書くことに慣れてしまった点字使用者は、「木の葉」を「このわ」と入力してしまったり、「わたしは」を「わたしわ」と入力して変換し、「綿」と「皺」が画面上に出力されて大笑いすることも良くあります。

 健常者は、活字文を毎日のように目にしています。その中にはもちろん、中点(読点)が表記されており、それらの意識が薄れることはないと思います。ところが点字使用者は、あのような複雑なルールに基づいて表記された点字文、あるいは中点(読点)の全く用いられていない点字文と接するしかないのです。これでは、活字文を作成する時、その文章が誰にでもその意味が分かるように中点(読点)を表記することは不可能に近いことだと思います。

 そこで、これからの表記法は「かぎりなく原文通りに書く」、例えば中点(読点)は省略せずに表記する、というようなことも視野に入れる時が来たのではないかと思うのです。そして、点字使用者も「点字表記法」を学び、活字文に対応した点字文を書いて行かなければならないのではないかと思うのです。

 点字大好き人間の私は、今日の日本の「点字表記法」が、活字文から点字文へ、点字文から活字文へ、どちらからでも容易に変換できるものになっていただきたいと念願しております。
 点字は扱いにくい生き物ですが、点字使用者にとっては素晴らしい<サポーター>であることを記して、このつたない文にピリオドを打ちたいと思います。

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「演芸会 2004」を終えて

事務局長補佐 高橋 和哉

 今年は、8月1日(日)。場所は同じく三鷹市芸術文化センター。1時から4時まで、職員2名、利用者3名、元利用者2名、ボランティア2名(うち1名は法人役員)、一般の方4名、計13名が出演しました。昨年と違い、元利用者が2名いたことで、同窓会のおもむきもあり、皆さん、楽しい1日だったと思います。打ち上げでも話し合ったのですが、来年は、もっとバラエティに富んだ演芸会を開く予定です。だまされたと思って、一度、足を運んでください。

 今回スタッフが、三好俊行さんと私の2人でした(三好さんには無理を言って、調律を始め、ピアノに関すること全てをお願いしました)ので、不手際が多々ありました。この場をお借りして、お詫びいたします。

 三好さんには、演奏だけでなく、下準備から打ち上げの給仕役まで全ての面でお世話になりました。ありがとうございました。また、小川道子さんと志田英利子さんには、感動的な朗読とギター演奏を披露していただきました。ありがとうございました。

 ここで、手伝いで来たつもりが、結局、歌うことになった利用者の読谷山こずえさんに、この会の感想等を書いていただきましたので、掲載します。

 

チャレンジ利用者 読谷山 こずえ

 去る8月1日の日曜日に、昨年に引き続き第2回目の演芸会が三鷹市の芸術文化センターにて行われました。
 当日は、照りつける日差しが厳しく感じられるほどの陽気となりましたが、そんな中、会場には多くのお客様が足をお運びくださいました。チャレンジ利用者の1人として大変嬉しく思います。

 今回は、利用者やセンターの職員、ボランティアの方、そして飛び入り等々、10組以上の出演者がそれぞれのパフォーマンスを披露しました。中でも、飛び入りで利用者の兵藤崇彦さんがピアノで演奏した「サザエさんメドレー」のプログラムでは、会場があたたかい雰囲気につつまれ、また同時に、楽しい笑いを誘っていました。そして、現在センターのボランティアとしてご活躍くださっている小川道子さんの朗読『蕭々(しょうしょう)十三年』は、聴いているすべての人がそのお声に引き込まれてしまうほど感動的で、私も強く印象に残っています。プログラムは全3部に渡り長時間の会となりましたが、多くの皆様が最後までお聴きくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。

 日ごろ私たちやセンターを支えてくださるたくさんの方々に、少しでも一緒に楽しんでいただけるような、このような会を来年以降もまた計画することができればと願っています。

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ボリショイサーカスを見てきました

チャレンジ利用者 兵藤 崇彦

 さる7月20日に、東京都中央区の有明コロシアムで開催されました「ボリショイサーカス」を観てきました。私はコンサートにはよく行っておりましたが、25年生きてきた中で、サーカスを観た経験が一度もなく、サーカスなんて、視覚で楽しむエンターテインメントだ、というイメージを強く持っておりました。しかし、イメージはあくまでもイメージであり、観覧することで何かを発見できるのではないかと思い、行ってみることにしました。

 当日は、状況説明がある程度できそうなガイドヘルパーが同行してくださったおかげで、十分楽しむことができました。会場に着いて驚いたことは、サーカスで流れる音楽がほとんど生演奏であったことです。犬・猫など動物の演技に合わせて音楽が作られていたので、ある程度説明を受けることで、音楽の響きだけで猫・熊などが寝ているのか、飛び跳ねているのか、何かで遊んでいるのか、などが想像できることです(あくまでも想像ですので、思っていたのと違う場合も多いのですが)。始まってしばらく経つと、ライオンの演技が始まりました。ライオンが6頭ほど床に並べられ、雌ライオンが、そおっと雄ライオンの上を歩く、人間の組み立て体操のような演技です。ライオンはいうまでもなく猛獣であり、事故防止のために、常に麻酔銃を手にしたスタッフが常駐しておりました。それもあってか、ライオンの演技はあっという間に終わってしまいました。ですが、一番感動したことは、ライオンの「うう」という鳴き声を一瞬、聞くことができたことです。サーカスは大音響の中で行われるため、実際に鳴いたとしても聞き取ることはけっこう難しく、「来てよかった」と感じる瞬間でもありました。他にも、空中3回転の演技や、綱渡りの演技などがありましたが、彼らは命綱もつけずに演じていたというのは、驚きです。

 その一方、2枚の招待券はそれぞれ指定席になっておりましたが、まさか2人別々の席になっているとは思わず、何の疑いもなく、場所を聞いたところ、かなり離れた位置だったため「私自身全盲であること」「説明してもらえないと、その場の状況が全く分からないこと」などを話し、何とか並んで座れる席を見つけていただき、事なきを得ました。

 その場所は、他のお客さんの持つ招待券の席だったそうですが、決して気分のよいものではありません。感情論的には「ペアでチケットを申し込んだのに、なんで別々なんですか」と言いたくなりますし、前売券をお金で買っていれば、なおさらです。しかしクラシックのコンサートとは違い、サーカスは視覚で楽しむのが一般的です。そういう中で、見えないけど、ちょっとした工夫で健常者と同じように楽しめること、それには、どうしても見える人と隣同士の席でなければならない旨を、前もって理解していただくための工夫も必要だったのではないかと、少し反省しております。

 最後の記念撮影で、本物の熊に触ることができ、これまた感動の瞬間でした。熊に近づくたびに「ふうんふうん」という鼻息の音も近づいてきました。最初は、人間の鼻息かと思いましたが、熊の鼻息だと聞いた時は、一瞬耳を疑いました。私は北海道への旅行経験があり、ヒグマの剥製に触れたことがありますが、生きている熊を実際に触るのは初めてで、毛がこんなにふかふかしているのにはびっくりでした。胴体だけなく、足も触ろうしましたが、熊の動きが激しくなったため、その場から立ち去りました。スタッフの方が熊の機嫌をとるため、氷砂糖をあげていたそうですが、危険を承知の上で触らせていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。撮影代は千円でしたが、千円以上の価値があったと思います。写真はポラロイドカメラで撮影されたため、すぐにできあがり、記念品として、今も、かばんの底にしのばせております。

 サーカスも、工夫次第でこうやって楽しむことができますので、一人でも多くの視覚障害者の方に、(だまされたと思って)観覧していただければと思います。

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DIALOG IN THE DARKに参加して

チャレンジ利用者 兵藤 崇彦

 私は、さる7月31日から8月22日にかけ「DIALOG IN THE DARK」と呼ばれるイベントに参加しました。これは、暗闇のエンターテインメントと呼ばれ、視覚の使えない闇の世界で、視覚以外の聴覚や触覚などの感覚をひらいてもらおうというイベントです。ドイツのアンドレアス・ハイネッケという人が創始者であり、すでにドイツでは常設会場が設けられ、多くの視覚障害者が雇用されています。世界十数カ国で開催され、ドイツでは、視覚障害者の生活を知ってもらう視点で、開催されています。日本では、浮遊感などを楽しんでいただく、視覚のない芸術として行われ、好評を得ております。私は、その闇の中でお客さんを案内するアテンド役と、暗闇のバーの中で飲物を給仕するスタッフとして参加させていただきました。参加のきっかけは、ある人から「あなたは、ボランティア活動かなにか、外に出てやってみた方が、人とのつきあい方や、対応の仕方などがわかるのではないか」といわれたことです。そんな時にとある点字雑誌を通して出会ったのが、このプロジェクトでした。「実社会と接する機会が欲しい」「これから社会へと羽ばたいていく上で、外での経験が少ないのは、視覚障害者にとってはかなりのマイナスになる」などと思っていた私は、なんのためらいもなく応募しました。

 「DIALOG IN THE DARK」のイベントには、私を含めて、24名の視覚障害者がスタッフとして働いており、ボランティア、アルバイト等で関わってくださっている健常者のスタッフを含めると、70名以上の人たちの手によって運営されております。1ユニットは、最大10名で、朝10時30分から20時10分まで、1日合計27ユニットが行われました。

 会場研修も終了し、7月31日から正式に入ることとなりました。接客業をするのは始めてである上、位置把握が十分でなかった私は、人数把握や、空間把握の練習からのスタートでした。暗闇の中では、お客さんの緊張をほぐし、砂利道や草原の中で、干し草や木を触ってもらい、町へと出ます。町では、音の風景を楽しんでいただき、ブランコで浮遊感を体験していただくと、いよいよ地下のバーへといざないます。オペレーションの中では、アテンドの声に従って、自力で歩いてもらうことで、暗闇の感覚を楽しんでいただきます。バーに入って初めて落ち着くのか、初めは知らない者同士だった10人が、チームワークを形成し、口々にいろんな感想をいただくうちに、約1時間のツアーは終了します。バーの中では、バーテン役の人がお客さんの前で飲み物を注ぐことで、その音を楽しんでもらい、アテンドスタッフと同じく、視覚障害者のみが行います。
 飲み物を注ぐという行為は、普段の生活の中で確かにやっていることですが、零さずに一定量を早く確実に注ぐという作業は、以外と難しいものです。注ぐ量を計るのは、音を聞く人、重さを感じて判断する人など、やり方はさまざまです。大事なことは、自分のやり方はこうだということをきちんと定め、お客さんの手を汚すことのないよう、確実に配るということです。緊張感のある練習をしようと考えていた私は、よく食堂などにある、お冷やが入っている瓶を勝手に取り出し、音だけでコップに注ぐ練習を繰り返しました。周りにお客さんがいるので、零したりすると非常に恥ずかしい、と言い聞かせ、でも最初のうちはすごく大変でした。しかしそれをやっていたことが、アルコール類やソフトドリンクなどを注ぎ慣れるよいきっかけになりました。困ったのは、配る時でした。「○○のお客様」と尋ねると、お客さんから声が返ってきますが、声の方向に合わせて配るというのには、やはり人一倍苦労しました。ですが、これだけは数をこなして慣れるしかないので、度胸でなんとか乗り越えましたが…。

 バーから出ると、ロビーで感想を語る時間が設けられており、そこで「楽しかった」「暗闇で飲む、ビールの味がおいしかった」など、さまざまな反応が返ってきます。私たちアテンドにとっては、自分たちの仕事が報われる瞬間なのです。ただそれには、最も重要な安全運営は、避けて通ることはできません。お客さんによって、こちらが指示した通りにだけ動く人と、慣れてくると、思わぬ方向に勝手に動いてしまう人がいます。人の動きを俊敏に捕らえられないと、事故を招いてしまうため、「お客さんを一定方向に誘導する際の自分の立ち位置」「後ろのお客さんが、どういう動きをしているか」「ブランコのシーンで、ブランコから離れていた人が、ブランコに近づいていないか」などを把握するのに、人一倍苦労しました。
 空間把握から始めた私は、まず、先輩アテンドの会に研修生として入り、ついていくことで、理解していきました。しかし、私と同じくして初参加の人たちは、どんどんユニットをこなし始め、自分だけが取り残されたような感覚を覚え、焦りが募りました。ついていくうちに「自分の立ち位置や、人の動きなどの全体把握ができないのは、意識の問題である」ということに気づき始め、控え室にいる間も、今、何人の人が座っていて、何人の人が出ていったかなどを、おおよその感覚ではありましたが意識するようになり、いざ、自分がアテンド役になると、チーフアテンドの方に後ろからついてきていただくことで、自信をつけていきました。体で覚えるだけでなく、帰った後、アテンドノートを自分で作り、事前に配られたアテンドマニュアルと照らし合わせ、作り終えたら、イメージトレーニング。迷惑もかえりみず、立ち位置にあわせて声をだす練習もしました。しかし、いざやってみると、緊張のせいか、うまくできず、失敗の連続でした。ポイントポイントをよく理解していなかったため、ノートは何度も書き直し。しかし、客層に応じてオペレーションの仕方を変えていかねばならない中、最終的には、体で覚えるよりほかはないのです。

 オペレーションで使う道は、視覚障害者がアテンドしやすいように、多くのスタッフの意見を元にカスタマイズされています。見える人と同じようにいかないまでも、音や風の感覚で、人の動きの感覚をとぎすまし、100パーセントに近い状態で、やれることが求められるのです。

 自分がここにいることは、他の人たちの足手まといにしかならないのではと思い詰め、何度も、あきらめようとしました。しかし、やっていくうちに、自分たちアテンドの存在がこのイベントにとっては、非常に大事だという思いに触れ、スタッフの暖かい励ましの中、なんとかやってこられました。この仕事を通じて、落ち着いて行動することの重要性を身にしみて感じました。そうはいっても、人間の行動である限り失敗はつきものです。失敗すると、その瞬間、自分の行動に対する自信をなくし、動揺しがちになりますが、お客さんに動揺をあたえないためにも、その場の演出の仕方が、オペレーションの雰囲気を左右することにつながるのです。仕事の合間をぬって、なぜその失敗をしてしまったのかを整理し、聞かれた時に的確に答えられるだけの引き出しをもっておくこと。どうしても自分でわからない場合は、自分の行動を客観的に他の人に見てもらい、その人たちが、指摘してくださったことを、素直に受け入れられるだけの度量をもっておくことを教えられ、よい経験の機会となりました。短い間でしたが、この経験を自分の将来にどう生かすかを、今後よく考えていきたいと思っております。日本でも常設での開催を目標とされており、視覚障害者の新職業開拓という視点からも、注目されております。

 DIALOG IN THE DARKについて、もっと詳しく知りたいという方は
http://www.dialoginthedark.comをご参照ください。

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コレクション品をご提供いただきました

 このたび、千葉県の片桐様より、貴重なコレクション品の数々をセンターへご提供いただきました。

 皆様よりご提供いただいたはがきや切手などは、通常はセンター業務の通信費へと使わせていただき、その他の品々についはバザー等により、センターの運営費の一部へとさせていただいております。
 今回ご提供いただきました品々は、コレクション品ということで素人目にも珍しい品がたくさんあります。支える会の皆様やその周りの方々で、お好きな方がおられましたら、ぜひセンターまでご連絡下さい。

・記念はがき(記念スタンプ入り、国際はがき、etc)
・エコーはがき(アルバム入)
・記念切手(ふるさと、趣味週間、お年玉、etc シート)
・私鉄・国鉄(JR)記念乗車券(全国)
・貨幣セット

特に鉄道関係の記念乗車券・入場券が多数ございます。

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