[戻る][ホームページに戻る]

2005年3月12日発行 第47号 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

理事長 高橋 実

 2005年もいつの間にか3月を迎えてしまいました。今年こそはと思っていました新年も、旧年同様、聞くに堪えないうっとうしい事件や事故が多発しています。気候までが春未だしなのか春近しなのか、見当もつかない今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。体調を整えられるのにご苦労されている方も多いかと思います。十分ご注意の上、毎日をお元気にお過ごしください。私などは身の程知らずといいますか父親から言われていました「てめえの頭の蝿も追えないくせに、人のことに口を出したり手を出すな」を忘れて、事業を計画してきりきり舞いをして、年々弱音を吐くことが多くなってきたように思ったりしています。そんな時、私がセンターを立ち上げた頃からの方が、2階のチャレンジに読み合わせで来ておられたり、8階にご無理を申し上げて入力していただいたデータを持って来てくださる方にお目にかかりますと、「弱音など吐いておられない」という執念と無謀がむくむくと起きてきます。

 いつかも申し上げたと思いますが、法人化するためには鉄筋の建物でなければ認められないということで、1996年5月、このビルに移りました。それまでは丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅から徒歩4、5分のところにあった、木造2階建ての民家を借りておりました。1階が作業所兼食堂で、家内も職員でしたので作業に差し支えが出ないところで、毎日おいでいただくボランティアの皆さんと公私入り混ぜてのお話をしたものです。その頃センターで講習を受けた人なども含めて、今も来てくださっている方が多数おられます。そういう人たちと今少しシャカリキになって努力しますので、何卒よろしくお願いいたします。

 職員には、先方に不愉快な感じをあたえないようにしながら、無理が言い合えるような信頼関係を作るように、というのですが、若いこととビルという冷たい建物のせいか、真の意味の信頼関係がなかなか築かれないように思うこともあります。後ほどちょっと触れますが、in名古屋とin大阪のコンサートで地元の支える会の皆様にずいぶんお世話になりました。普段センターに来られない方も含めて、お出かけの節はぜひ8階にお立ち寄りください。前もって電話などいただければ助かります。

 私の思いは、このビルのフロアが11月から6月にかけて更新になるものですから、3月末で、できれば床面積100u強のフロアをふたつぐらいのところに引っ越したいと考え、心がけていましたが、今回も実現しませんでした。今の2、3、4階では狭いということで、移転できなければ近くに倉庫的なものを借りても、という話もありましたが、車がなければ無理ということでやむなく8階を拝借いたしました。もちろん家賃が安いことが前提ですが、それよりも郵便局が近いことと、自転車が2、3台置けるスペース、それに駅からの交通の便などを配慮しなければなりませんし、これほど地震や火事など災害が多くなりますと、このような施設は3階ぐらいまでが限度だと思っています。したがって私の思いとは裏腹に、丁度空いた最上階の8階もお借りし、センターは2、3、4、8階と、ビルの半分を使うことになりました。8階は60u強で、本部を移し、配置の関係で私たちは一番奥にいます。朝8時近くから9時までは2、3階の職員やチャレンジ生はタイムカードと挨拶のため上がってきますので、私が東京にいる限り、入り口で一言二言声を交わしています。また利用生の退所の5時から6時までは、声を耳にした職員が挨拶を交わしています。当然のことですが職員も利用生も仕事や作業ではサービス残業させず認めずで、居残りを命じた場合は出張していない限り最後の1人までと私は何時まででもつき合うことにしています。

 16年度事業も皆様の絶大なご支援をいただき、いずれも計画通り終わろうとしています。詳しくは次号でご報告いたしますが、目下取り組んでいます事業についてちょっと書かせていただきます。

 第13回専門点訳者実践養成講座については三上がご報告いたしますが、ここで私が申し上げたいことは、センターは普通校に学ぶ義務教育の児童生徒の点字教材づくりにも積極的に取り組むことと、ひとりでも多くのボランティアにそのポイントをつかんでいただきたいという思いから急遽「義務教育における点字教科書製作の考え方と作り方」というテーマで、2月26日この世界の専門家である京都ライトハウス情報ステーション所長・加藤俊和氏を講師に招き、学習しました。

 ご承知の方もおられるかと思いますが、昨年の後期分から普通校に学ぶ小・中学生の点字使用者に、点字教科書が無償で提供されるという制度ができました。
 私は1954年大学進学以来学習環境の整備を訴え続け、1961年文月会の発足後は細々ながら学習支援活動もしていました。1986年センターがスタートしてからは、大学生のテキスト点訳などの提供を積極的に行ってきました。学術専門書は、例外を除き、点字とその科目に精通しておれば原則として作れます。また、盲学校の教科書も製作・発行していますが、小・中の義務教育の分は文部科学省の検定著作ですから、同省が委嘱した専門家の皆さんが懇切丁寧に編集されていますので、それを忠実に点字化すればいいわけですし、高校も教科の先生に相談しながら製作しています。ただ普通校に学ぶ視覚障害児童生徒の場合は、正確・迅速だけでは対応できません。その児童生徒の点字経験、担任教師の点字キャリア、指導法など、配慮しなければならないことが結構あるわけです。私が一番大切にしなければと思っていることは、点字使用者がクラスの中で孤独感を味わったりお客さんにならないことと、その授業時間をみんなと共有しているという実感が持てる教材を提供していく努力をしなければということです。

 もうひとつ、佳境に入っている事業に「競い合い、助け合う コンサート――羽ばたけ視覚障害音楽家たち」があります。これについては伊原が書いていますが、名古屋は好天に恵まれたせいもあってほぼ会場一杯の350人近くの方においでいただき、大きな拍手とエールを出演者に贈ってもらいました。名古屋の酒宴の席で「人の庭に来てでっかい事業をやらかすのだから…」と冗談ともホントともつかぬことを友人から言われました。確かにいずれもの会場で40人前後の人たちがボランティアで応援してくれており、東京からは私を含めて3人しか行っていないのですから、関係者の友情には頭が下がります。しかし出演者交渉など一切合財私が手を染めなければならないのですから、いささかしんどい面もあります。先日有名な音楽家から「クラシックなどこの方面には明るくないという高橋さんが、なんでそんな苦労までして若い視覚障害音楽家を育てようなんていうコンサートを開くのか、理解に苦しむ」という意味のことを言われ「そんな人たちから感謝されているのですか」とも言われました。私は1954年以来、大学の門戸開放や職域の開拓などと取り組んできましたが、数え切れないほどの人から感謝されたという実感は持っていません。しかし、役立っているのだろうという自負は持っています。大学の門戸開放にしても、1949年諸先輩の努力の甲斐あって視覚障害者に大学入試の点字受験が認められ、最初3校だった大学も仲間たちの地道な運動の甲斐あって今ではほぼ当たり前のことになりつつあります。またそれが当たり前なのです。そんなことを関係者が知っているか、理解しているかは、私には推測もできません。いずれにせよ後輩たちが、生きてきてよかったという喜びを、色々な壁にぶつかって味わえないようでは、一日の先輩として恥じることです。運動などで、1人ひとりから喜ばれようなんて思って取り組むと、とんでもない思い違いをするものと私は思っています。やはり父親が小学校時代、先生に呼ばれて「善し悪しに関係なく扇動するのはうちの子です。悪い時にはこれ以上障害が増えないようにして、徹底的に覚えさせてください」と繰り返し言っていたことを思い出します。

 ただ、三療問題は専門の運動体など数多くあり私のように三療の落伍者が取り組む分野ではないと思い、それ以外、特に若い視覚障害筝曲家を支援したいのですが、なかなか発掘できず、今回の3会場でもやっと東京で1人といった感じです。「チャレンジ賞・サフラン賞受賞会」でも私の友だちの1人が「高橋さんは昔から若い人若い人と言っているけれど、自分のことも少しは考えなくちゃ」と言われました。その通りです。それでも私は若い人たちを応援していきたいのです。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

「競い合い、助け合う コンサートin東京―羽ばたけ視覚障害音楽家たち― コンサートと講演会」

伊原 美喜

 日本自転車振興会の助成を得てセンターが主催している視覚障害音楽家活動促進事業もいよいよ終盤を迎え、最後を飾る2005年3月19日(土)の東京コンサートが間近になってまいりました。2月5日(土)の名古屋に引き続いて、3月5日(土)には、大阪でのコンサート(於、大阪フィルハーモニー会館リサイタルホール、主催:視覚障害者支援総合センター、後援:毎日新聞社点字毎日)も成功を収め、晴眼者、視覚障害者を含めた多くの聴衆が、音楽家の皆さんのすばらしい演奏と講演に耳を傾けました。

 東京コンサートの概要は以下のとおりです。入場無料となっておりますので、お近くにおいでの皆様はぜひ足をお運びくださいますようお願い致します。

競い合い、助け合う コンサート in 東京――羽ばたけ視覚障害音楽家たち――

17:30開場 18:00開演
於、杉並区立勤労福祉会館ホール
(〒167-0034 東京都杉並区桃井4-3-2 Tel 03-3301-0811)

プログラム
■第1部
 和太鼓:片岡 亮太
 篠笛:瀬戸 洋平
 声楽(ソプラノ):読谷山 こずえ
 ピアノ:坂巻 明子
 ヴァイオリン:荒木 唯子
 ピアノ:川津 直子
 ピアノ:木村 りえ・木村 りさ
■第2部
 筝:松田 育子
 ヴァイオリン:白井 崇陽
 ピアノ:中本 好美
 ピアノ:坂巻 明子
 フルート:綱川 泰典
 ピアノ:橋本 美穂
■第3部
 講 演:和波 孝禧(ヴァイオリニスト)
 テーマ:「音楽家として演奏することと教えることの厳しさと感動」

 名古屋、大阪ももちろんですが、東京は才能あふれる若い視覚障害音楽家が特に数多く活動をしており、人選に苦労致しました。必然的に、かなり充実したプログラムとなりましたので、邦楽、クラシック界でこれから大きく羽ばたいていく視覚障害音楽家の演奏を、できるだけ多くの方にお楽しみいただければと思います。第3部で講演をして頂くヴァイオリニストの和波孝禧氏は、ご存知の通り、世界的に活躍されている高名な音楽家であり、このセンターだよりに同封致します和波氏のコンサートチラシに詳しく略歴が載っておりますのでぜひご覧下さい。また、今回演奏をお願いする機会を設けることができませんでしたが、全国には、これから羽ばたこうとしている、あるいは、すでに大きく羽ばたいておられる多くの音楽家が活躍しています。日本自転車振興会助成事業のもうひとつの柱として、センターでは、こうした皆様を紹介する視覚障害音楽家(演奏・教授)リストを作成しています。皆様の活動ができるだけ多くの方の知るところとなり、多くの演奏・教授の機会や支援が広まることを願っております。墨字4千部、点字3百部を作成し、3月末から全国に無料配布させていただきますので、ご希望の方はご連絡ください。こうしたセンターの活動を契機として、視覚障害音楽家の活動を支える「理解と支援の輪」がこれからも広がっていくように、皆さまの一層のお力添えをお願いしたいと考えております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

創刊200号を迎えた雑誌『視覚障害』――「第2回チャレンジ賞・サフラン賞贈呈式と祝賀会ならびに雑誌『視覚障害――その研究と情報』創刊200号記念会」開催

『視覚障害』編集長補佐 橋本 京子

 今年初め、2005年の1番最初の行事であった「第2回チャレンジ賞・サフラン賞贈呈式と祝賀会ならびに雑誌『視覚障害――その研究と情報』創刊200号記念会」を開催いたしました。私から簡単にご報告させていただきます。

 会場は荻窪駅近くの中華料理店。時は新年ムード覚めやらぬ1月8日土曜夕刻で、ここまで冷たいとは…と皆を閉口させた寒風の中を、これまで、「読者」としてなど、様々な形で雑誌に関わってきてくださった45名の方々がお集まりくださいました。

 会は、第1部にチャレンジ賞・サフラン賞の贈呈式と祝賀会、第2部に雑誌『視覚障害』創刊200号記念会と会食という形で執り行ないました。
 贈呈式と祝賀会では、第2回チャレンジ賞・サフラン賞の受賞者である広瀬浩二郎さんと三宮真由子さんに、第1回の昨年同様、賞状と賞金の50万円が、そして副賞のブレイルメモ16が、理事長・高橋とケージーエス榑松社長よりそれぞれ手渡され、若い2人のチャレンジにたくさんの拍手が贈られました。

 実は同じ日、この会に先立ち、近くの地域センターを会場に、センター主催「点訳者養成講座開講式」も開催したのですが、その席上で既に、受賞のお2人には記念講演をいただいておりました。チャレンジ賞の広瀬さんは、講演中"韓国海苔"を3度も食され、笑いの渦。沢山の人を驚かすということは、そんなに容易いことではないと思うのですが、意表をついた講演をサラリと遂げた豪快な広瀬さんに、将来は心眼を手に入れること間違い無しだと思いましたし、鳥や自然と対話されながら人生を切り開かれているピュアな感性をお持ちの三宮さんのお話は今も新鮮に耳に残っています。(お2人の講演の内容については、後段で松浦美希が詳しくご報告しています!)

 話を戻します。第2部は、200号記念会と銘打っての会食・交流の時間で、歴代「筆者」「編集者」であり、あわせて長年の「読者」でいらっしゃる会場の方々から、たくさんのお祝いのお言葉を頂戴しました。受賞されたお2人へも「これからを担う2人には一層頑張ってほしい」との激励が多くありました。当時文月会員で今この世界のリーダーであられる方々に囲まれ、これからのこの世界を担われる若いお2人の祝賀の席があり、さらに、センターの雑誌として続いている『視覚障害』の創刊200号を祝っていただけるということで、何かとても象徴的で光栄で、とても愉しく有意義な時間となりました。

 『視覚障害』は、1963年4月、高橋の提案で、日本盲人福祉研究会(文月会)(2001年に解散)から創刊されました。以来、会員自らの手で情報を集め、まとめ、発信していた雑誌です。いつも高橋が話しています、もしくは書いていますことと重複しますが、雑誌の誕生前には日本ライトハウス創設者の岩橋武夫先生からの示唆があるとのことで、誕生前も含めると40年よりさらに長い歴史と歩みがあるわけです。私が入社した頃は、文月会最後の立花編集長の時代で、グラビア記事やテープ版編集、読者管理、発送業務などを手始めに雑誌に関わらせていただきました。センターで編集・発行の一切をお引き受けしたのは2001年の179号からで、センターの雑誌としては漸く丸3年です。しかし、ふたを開けてみれば、従来から携わって来られた方々のお力添えの下、その時々でご執筆いただき、ご愛読いただき、ご意見をいただいて、やってきている雑誌です。今回200号の記念会と言う形で関係の方々にお集まりいただき、当時の雑誌への思いや今・これからへの期待などを聞かせていただく内に、これはセンターの雑誌ではなく、「皆さんに作り・支え・育てていただいている雑誌」で、「生き・生かされている雑誌」なのだと、改めて強く感じた次第です。そして私自身、このように意義ある事業に携われる幸せを感じました。おそらく出席した職員皆が、少なからず感じたことと思います。

 なお、センターでは200号を記念して、創刊から200号までの目録を製作しました。是非多くの方々に40年以上の歴史をあらためて共有いただき、以前のようなこういう記事も欲しい、もっとこういうニーズを誌面に加えて欲しい等々、ご意見をお寄せいただき、これからも雑誌を一緒に作ってくださいますと幸いです。

 今後とも『視覚障害』もどうぞ宜しくお願いいたします。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

第2回チャレンジ賞・サフラン賞受賞者講演会

松浦 美希

 1月8日、第2回「チャレンジ賞」「サフラン賞」贈呈式・祝賀会を開催いたしました。「チャレンジ賞」「サフラン賞」は、視覚障害というハンディを持ちながら、競争社会で職業自立を果たし、社会に貢献する意欲と情熱と信念をもつ若者を激励するために昨年より創設された賞であり、第2回の今年は広瀬浩二郎さんと三宮麻由子さんがそれぞれ受賞されました。受賞に先立ってお2人の講演会が「あんさんぶる荻窪」にて開かれ、こちらも会場が満席になるほどたくさんの方々に足をお運びいただきました。講演会では、バイタリティ溢れる熱い情熱とユニークな発想をお持ちの広瀬さんと、研ぎすまされた感性と豊かな才能をお持ちの三宮さんが、時間がたつのをつい忘れてしまうほど大変楽しいお話をしてくださいました。お2人とも、視覚障害という大変なご苦労を乗り越えてきたことよりも、むしろ視覚障害を柔軟な発想で捉えかえし、ご自身の人生のなかでいかにその障害を自分らしく輝かせ楽しんでいけるかという人生観をお持ちでいらっしゃることが大変印象的でした。また、聴衆一人ひとりにおいては「生きる」ことに対し、力強いパワーとメッセージをもって問いかけられた講演ではなかったかと思います。以下では、その講演でお話しされた内容を、私の筆力では十分お伝えできないことをお許しいただきつつ、少しご紹介したいと思います。

「キムチ」「ノリ」「焼肉」人生(!?)の広瀬浩二郎さん

 広瀬浩二郎さんは、1967年東京のお生まれで、京都大学文学部国史学科をご卒業後、文学博士号を取得されています。ご専門は、日本宗教史、文化人類学であり、現在は国立民族学博物館の研究員としてご勤務されています。「チャレンジ賞」の名の通り、チャレンジ精神旺盛な方であり、積極的なフィールドワークと丹念な文献研究をミックスさせ、多角的な幅広い知見から日本文化について論じる独自の研究スタイルは、さまざまな方面からも注目されており、若手研究者のホープとして期待されています。年末年始には1週間ほど韓国を訪問され帰国されたばかりであったことから、講演内容も「韓国」風味にアレンジされた、ユーモアいっぱいの楽しいお話を伺うことができました。

 今回韓国を訪問されたのは、韓国人の元気・バイタリティを日本に伝えるためだそうです。韓国は視覚障害者サッカーのアジアにおける先進国であり、その視察や交流試合を通じて韓国人の生命力の強さを肌で感じてきたそうです。自称「理論家」(「こじつけ」と読むそうです)によると、そのパワーは韓国の食文化に代表される「キムチ」と「ノリ」と「焼肉」に当てはまります。つまり「キムチ」は、くさいにおいを強烈に発するということから"個性"を、一方「ノリ」は、キムチのような個性はないけれどとても軽いことから"フットワークの軽さ"を、はたまた「焼肉」は、肉とタレ、それを野菜で巻いて食べるコラボレーションの旨さから、"生かし生かされる"関係を指しているのです。そしてこれら3つは、まさにご自分の歩まれたこれまでの人生を表しているとおっしゃいます。

 広瀬さんの高校時代は「ノリ」、つまり"フットワークの軽さ"の時代でした。「完全参加と平等」という言葉に影響を受け、晴眼者と同じように生きたい、何でもやってみたいという果敢に挑戦する青春時代を送られました。その最たる成果が大学入試であり、同試験を点字解答で受験し、見事、京都大学に合格されたことではないでしょうか。

 続いて、大学入学後は「焼肉」つまり"生かし生かされる"時代です。高校時代までは晴眼者と対等に生きてきたつもりが、実はまわりに"生かされていた"ことを大学に入学して気付いたとおっしゃいます。これまでの盲学校時代とは違い、大学の友人たちは、授業中に点字でノートをとる姿や一人でご飯を食べる姿に驚き、視覚障害者について何も知らない、自分は過小評価されているのではないかともどかしく感じたそうです。しかしながら、大学の部活動では幼少の頃からのチャンバラ好きから居合道部に入部し、そこでは師範や先輩の力を借りながら技を学び、型を完成させていくことを経験したこと、また趣味の野球でも、バッティングセンターで友人のかけ声にあわせてバットを振るという、「かけ声打法」と名付けられた絶妙なコラボレーションでともに楽しんだというエピソードは、視覚障害者である自分とまわりの晴眼者の人との"生かし生かされる"関係を象徴しているのです。

 広瀬さんは、目が見えないが故にできることを追求したいとおっしゃいます。これが、現在の「キムチ」時代です。目が見えないというのは、ハンディではなく"個性"であり、つまり視覚を使えないのではなく、「使わない」という発想の転換で、そのオリジナリティを確立していていきたいそうです。居合道の教え「守・破・離」のうち、「離」では見えないからこそ伝統的な型にとらわれず、のびのびと自分らしさを発揮できたと伺いました。また研究者としても、大量の文献を読むことに関しては晴眼者と比べ限界がありますが、それをフィールドワークで補い、文献研究とは別の研究「視角」を持って独自のスタイルを確立されたことは、先にも述べた通りです。そして民博にご勤務されているお立場から、「触れる」博物館づくりをめざして、今後は「触」をキーワードに展望を開いていきたいと力強く語っておられました。

鳥が「目」を与えてくれた、自然と共に生きる三宮麻由子さん

 三宮麻由子さんは、1966年東京のお生まれで、上智大学文学部フランス文学科をご卒業され、同大学大学院博士前期課程修了後は、約50倍の難関を突破され外資系通信社に入社されました。大学で学んだフランス文学とは畑違いの分野に飛び込み、世界中の情報がめまぐるしく飛び交う環境のなか、「最初は、頭痛薬を飲まないでいかに頭痛が治るかを探していた」ほどの激務をこなされていたそうです。そのかたわらで、エッセイストとしてもご活躍されており、その著作は数々の賞を受賞されています。現在も同通信社編集部で、日々「株」から「TSUNAMI」まで幅広く翻訳業務を担当されており、ライフワークであるエッセイストとの両立をうまくはたしておられます。

 三宮さんといえば、鳥の声を聞きわけられ、鳥と会話ができるということでご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。なんと200種以上の鳥の声を聞きわけられるそうです。今回の講演会でも、深いみどりの森にやってきて、はたまた青い空の下に広がる原っぱの上で、あちこちで鳥がさえずり鳴きあっているのではないかとつい錯覚してしまうほど、リアリティあふれるステキな鳥の鳴き声をいくつか披露してくださいました。三宮さんによると、実際ウグイスとあいさつをするときなどは、ウグイスより下手に鳴くのがコツなのだそうです。ほかにも、三宮さんが飼っておられるソウシチョウの、一番お歌が上手なチュウタちゃんのまねをしてくださいましたが、紙上ではその臨場感たっぷりの奏でるメロディをご紹介できないのがとても残念です。

 普段はお仕事でお忙しくされている三宮さんの元気の源が、この鳥とのふれあいです。お家で飼っているソウシチョウや、はたまた休日にお出かけして、自然のなかでめぐりあうたくさんの鳥。鳥が「疲れて帰ってきたのか。おーおー、お疲れさま。」なんて話しかけてくれるのがわかるそうです。しかしながら三宮さんにとって、鳥は単なるお友達や癒しの存在だけではありません。鳥は、見えない景色を取り戻してくれる存在だとおっしゃいます。どういうことかといいますと、例えば森のなかでオオルリに出会い、足下からその鳴き声がします。鳴き声をたどってさらに耳を澄ませば、川の水がサラサラと流れる音が聞こえます。その音で深い渓谷を感じ、目の前に広がる壮大な景色をリアルタイムで「見る」ことができるというのです。つまり「シーンレス」から「シーンフル」の世界へと、鳥が導いてくれるのだとおっしゃいます。そして、今度は鳥からのメッセージを人間の言葉に置きかえて橋渡しをするのが、ご自分のエッセイにおける役目だそうです。

 また生け花や俳句の世界でもご活躍されていますが、そこでも、花との対話や季語のゲームを通して、自然が「目」を与えてくれるのだそうです。自然と対話できることは、三宮さんのとても豊かな感受性がそれを可能にしているからなのでしょうか、はたまた広瀬さんもおっしゃる、むしろ見えないからこその個性として、雑念を払い集中して向き合うことができるからなのでしょうか。いずれにせよ「自然のなかで、生き生かされる1人の人間」として生きていきたいと三宮さんはおっしゃっていました。

 最後に「夢物語といわれても、私は1番高い理想を常にもって生きていきたい」と力強く締めくくられました。「理想があれば必ず希望もうまれる。理想があれば転んでも必ず起きあがれる」とおっしゃいます。また「お互い祝福しあい、応援しあえる関係になりたい」ともおっしゃっていました。これまでの三宮さんの歩まれてきた人生のなかで、さまざまなご苦労もおありであったことは想像に難くありません。しかしながら、障害を達観してあまりあるやさしさと前向きなお姿が、とても強く印象に残る講演でした。

 私事になり大変恐縮ではありますが、「視覚障害」はもちろん「福祉」の分野はまったく未経験である私が、視覚障害者支援総合センターの職員(現在は、アルバイト採用)として初めて与えられた仕事が、このお2人の講演会を聞いて原稿を書くということでした。いきなりの大役で戸惑いもありましたが、最初の仕事でお2人にめぐりあえたことは何よりの幸運だったと感じています。講演のなかで広瀬さんがおっしゃった「点訳者は異文化コミュニケーター」という言葉に、私の頭の中で何かがピカリと光り、そしてその何かを考えていくことは「視覚障害」にこれから携わる職員として与えられた大きな宿題ではないだろうかということを、最後に一言付け加え、筆をおきたいと思います。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

平成17年度視覚障害者大学合格・進学調査へのご協力のお願い

伊瀬 飛鳥

 当センターでは毎年、視覚障害学生の大学合格・進学状況の全国調査を行っております。この調査は1949年の門戸開放以来毎年行っており、この種の調査としてはほぼ唯一で、年度末のお忙しい中、全国の盲学校並びに各方面の関係各位のご協力とご理解を得て、価値ある資料づくりができています。
 そこで、皆様の中で普通高校に学ぶいわゆる「統合教育」で進学された方をご存じでしたら、是非お教えいただければ幸いです。
 ここ2、3年「プライバシーに関わることだから協力はできない」という意味のご連絡をいただくことがあります。確かに予備校などへの合否情報提供等といったことが問題になっていますが、この調査に関してはまったく目的を異にしていることをご理解・ご検討の上「まだまだ啓発の時代」という認識をもってご協力いただきたく、伏してお願い申し上げます。
 調査の集計と結果につきましては、雑誌『視覚障害――その研究と情報』誌上にてご報告させていただきます。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

平成17年度奨学生公募のお知らせ

伊瀬 飛鳥

 平成17年度の『みずほ奨学金』『メイスン奨学生』『聖明・朝日盲大学生奨学金』を募集します。視覚障害者で大学・短期大学(通信教育を除く)に在籍し、身体障害者手帳の交付(障害者等級1級〜2級)を受けておられる方が対象となります。
 皆様の中で対象となる方をご存知の方がおられましたら、是非センターまでお知らせください。規程と応募要項を点字と墨字でお送りいたします。
 この奨学生は、当センターが4月11日に書類を揃えて主催団体へ提出しますので、遅くとも4月4日までにはセンターに書類をお送りいただきたいと思います。応募書類はセンターで選考し、主催団体に推薦書を添付して提出いたします。
 例年、選考締め切り後にご応募くださる方も何人かおられますが、締め切り前にご応募いただけるようお願い致します。
 推薦書は形式的には理事長名で行いますが、その下書きともなる事柄(進学の理由、奨学金の必要性、将来の希望等)を簡潔に御書き添えいただければ結構です。また、その推薦文は必ずしも担当教師でなくて結構です。
 なお、3つの奨学金を同時に受けることはできませんので、優先順位をメモ書きで結構ですので、付記してください。ひとつだけご希望の方は、そのままで結構です。
 選考結果については4月下旬、主催団体とセンターからご本人に連絡致します。仮に何らかの事情で奨学生から外れた場合でも、お申し出により当センターのボランティアがテキストなど教材を点訳ないし朗読させていただきます。詳しくはセンターまでお問い合わせください。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

点字ピンディスプレイ購入費を助成していただきました

尾田 真弓

 去る12月3日、KGS社製点字ピンディスプレイ「ブレイルノート 46X」5台購入費助成についての決定通知を、公益信託 宮川高子記念障害者福祉基金様よりいただきました。

 以前の繰り返しになりますが、「チャレンジ」で主に校正・データ修正に携わる視覚障害者にとって、点字ピンディスプレイは、健常者のパソコン画面の役割をする、なくてはならないものです。見える者が、データを修正後確実に直っているかどうかを画面上で確認するのと同じように、点字を使用する者は点字ピンディスプレイ上でそれを確認するのです。(敢えて健常者・見える者という語を使わせていただきます。)

 一般に視覚障害をもちパソコンを使う人たちには、読み上げソフトなどの音声装置を利用する視覚障害者もいますが、点字特有(例えば楽譜点訳や、英語の略字・縮字、理数など)の文字に合わせて読み上げることがまだできないため、点字校正作業を音声だけに頼ることには限界があります。
 また「チャレンジ」のように一室で何組ものペアがそれぞれ音声装置だけで校正していたら…と想像すると、ペアの相手が活字書を読む声を聞きながら、自分のデータも音声で聞き、さらに周囲の雑音にも耐えなければならず、イヤフォンの多用もあって聴力を酷使する悪環境になると考えられます。

 「点字ピンディスプレイ46X」はそれまでの機種に比べて点字での読み書き計算、パソコン操作が簡単になったことが特長で、デモンストレーションの場で見せてもらったときには「従来の点字ピンと比較しても読みやすい、触知しやすい」と話されました。

 申請当時使用中の点字ピンディスプレイ15台のうち12台は、使用からまる5年が経過します。もともとセル部分が埃・塵に弱くデリケートにできているため、このところ故障で修理に出す頻度が高まっていました。また予備がないため、今年度利用定員を19人に増やしていますが、すべての通所者へピンディスプレイの貸与ができない状況でした。

 公益信託 宮川高子記念障害者福祉基金様におかれましては、そのような私どもの事情をよくご理解くださり、5台の点字ピンディスプレイの購入費を助成していただくこととなりました。おかげさまで助成の通知をいただき、速やかに購入することができました。理事長をはじめ、職員、利用者一同感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

第13回点訳者養成講座(後期)経過報告―「特別講座」より

三上 奈美恵

 前号でご案内しておりました本講座の後期過程ですが、1月14日(金)より順次、開講いたしました。お陰さまで約80名もの方々からお問い合わせをいただき、延べ51名の方からお申し込みがありました。また、事情により養成講座にはお越しいただけない方をはじめ、最近、通信教育へのお問い合わせ・お申し込みも多く、皆様の点字(点訳)に対する関心は高まっているようです。

 後期過程では、前期の4講座(日本語基礎、音楽、実践、情報処理・理数)に加え、1日限りの特別講座として、2月26日(土)午後1時より、京都ライトハウス情報ステーション所長 加藤 俊和氏を講師にお迎えして「義務教育における点字教科書製作の考え方と書き方」について講義をしていただきました。

 16年度の後期より統合教育で学ぶ視覚障害児童・生徒にも点字教科書が無償給与されることを受け、今後、盲学校で使用する教科書(文部科学省著作教科書)以外の教科書を製作する機会が増えるであろう点訳ボランティアの方々を中心に、そのポイントや配慮すべき点について学ぶことを目的にこの講座を開設しました。

 当初、15名定員で受講生募集をしておりましたが、応募締切り後もお問い合わせをいただくなどしたため、関心のある方にはご参加いただきたいという理事長の指示で急遽、会場をあんさんぶる荻窪の会議室に変更し、受講生の追加募集を行いました。前々日に降った雪が残る寒空の中ではありましたが、当日は31名の方が出席され、遠くは熊本、広島、鳥取、兵庫、大阪よりご参加いただきました。

 長年、こうした業務に携わってこられた加藤先生ですので講演依頼も多く、2月だけで本講座が6回目だったそうです。まず、点字教科書製作の背景として、その歴史から義務教育において点字教科書の基本となる「著作本」(盲学校で使用する点字教科書で文部科学省著作となるもの)が完成するまでの工程について説明がありました。教科書を点訳するということはただ墨字の原本そのままを点訳すればよいものではなく、さまざまな配慮を加えた編集が必要であるため、全般的な知識・経験を有するスペシャリストがその役割を担うべきであるとのことでした。本来はそうしたスペシャリストがすべき仕事を、これほどボランティアの方に任せているのは日本くらいだというお話が強く印象に残りました。

 著作本は、文部科学省が「編集資料」として原本と点字教科書との違い等についてまとめたものを各盲学校へ配布しているそうですが、その存在はあまり知られていないようです。ボランティアの方は文部科学省のHP(http://www.mext.go.jp/)からPDFファイルをダウンロードすることもできるそうですので、参考にされてはいかがでしょうか。

 統合教育で使用される教科書を点訳する場合、実際に使用する児童・生徒の障害特性により、同じ本であっても違う点訳本が必要になることもあります。また、先生がどのように指導をするかが分からないため、可能であれば担当の先生と相談した上で製作を進めると、先生の点字への理解も増してよいとのアドバイスがありました。

 その他、点訳する上での基本的な注意事項をはじめ、レイアウトの工夫や図を作る上で配慮すべき点についても具体的に教材を例に挙げ、時にはユーモアを交えて解説していただき、本当に4時間があっという間に感じられました。

 盲学校の児童・生徒数が減っている今、加藤先生から盲学校用の点字教科書一式を各都道府県に買い上げてもらい、ボランティアの方々のための点字教科書のサンプルとしたらよいのではないか、というご意見を聞き、ぜひとも検討していただきたいと思いました。

 この度、大変お忙しい中、講師をご快諾くださいました加藤先生に心より感謝申し上げます。有意義な時間をありがとうございました。また、ご参加いただきました受講生の皆様に御礼申し上げますと共に、今回の講座をぜひ今後の点字教科書製作にお役立ていただきたく存じます。そして、センターの戦力としてもお力添えいただけましたら幸いです。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

2005年星座カレンダーの総括

事務局長補佐 高橋 和哉

 56回目の全国カレンダー展で「審査委員会奨励賞」を受賞しました。ある方が「この審査委員奨励賞は賞の中で一番低いランクに位置していますが、実は、このカレンダー展には印刷業界のどろどろした部分が多々あるので、他のスポンサー名入りの賞よりこちらの賞の方が、カレンダーとしての評価は高いのですよ」と話してくれました。私としては入賞したことでただもう喜んでいたので、気にとめていませんでした。それに、入賞式では世界に冠たる日本の優良企業と肩を並べることもできました。彼らは相当額の投資をしていますが、当センターでは、一番金がかかるデザインを職員が休み時間を利用したので、デザイン・企画代は0円。また点字印刷を含めてカレンダー作りは、ほとんど利用者が行ったということ。紙はできるだけ安いものを使用し、しかも印刷は1色刷りということで、費用対効果また、授産施設としての役割を考慮に入れると、私たちのものが1番だったと自負しています。

 入賞作品80点が自動的に国際カレンダー展(今年はドイツ)に出品されたのですが、その中で、「銅賞」という栄誉を手にしました。出品国は、その名の通り、ヨーロッパ諸国をはじめとする世界各国です。日本から出品された80作品の中で入賞したのは7点で、先の方の言うとおり、私たちのものはカレンダーとして評価が高かったのでした。

 昨年の2月頃から作業を始めましたが、「カレンダー作りは仕事でなく遊び」であることを忘れずに、時間に余裕を持って、「売れるものを作る」「世間に点字を広める」ことを目指しました。いくつかアイデアが出ましたが、最終的には星座に決まりました。視覚障害者には星座の世界の紹介、晴眼者には点字・点図の世界の紹介ということで、上手い具合にバリアフリーカレンダーが出来上がりました。

 個人的には、シンプル(色、形等)であること、カレンダーの既成概念にとらわれないことを念頭に携わりました。デザイン、シンプルさは評価されましたが、逆にこのシンプルさと色彩の暗さが裏目に出て、展示しても人目を引かず、売れ行きに影響を及ぼしたとも考えられます。

 「大口の注文がとれれば、いいね」と製作段階で夢のような話をしていましたが、その夢もある広告代理店が叶えてくれました。代理店の方がこのカレンダーに目をとめ、セレスティンホテルから1500部の注文を得ました。このホテルは港区芝にあり、低層階がオフィスで上層階がホテルの三井系の一流ホテルです。このホテルの各部屋にカレンダーを置いていただいてます。セレスティンホテルの顧客には、ホテル側で特別にカレンダー用の封筒を用意していただき、センターから郵送しました。これまで点字と関わりがないと思われる方々にもセンターの存在、点字の存在を知っていただけました。非常に嬉しい出来事でした。評価が高かったにも関わらず、それ程売れ行きに直結しなかったことが残念でもあり、今後の課題です。(ということで、現在も500円で販売中です)

 昨年度の季節のカレンダーに引き続いて、星座となりましたが、来年度はデザインはもちろんのこと、売れるカレンダーを作りたいと思っています。

 最後にこのカレンダーの主な取引先、展示先を記します。

書店…………八重洲ブックセンター 本店、荻窪店
ギャラリー…第七藝術劇場(大阪)
展示会………第56回 全国カレンダー展(審査委員会奨励賞)
めーでるプロジェクト事務局 カレンダー展(小樽)
博物館………京都大学総合博物館ミュージアムショップ ミュゼップ(京都)
ライブ活動…珍獣王国(京都)
ホテル………セレスティンホテル

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

啓発募金活動の報告

事務局長補佐 高橋 和哉

 12月24日(金)を最後に今期の啓発募金活動を終了しましたので、報告します。
 場所はJR荻窪駅北口前。時間は13時〜15時。

1回目 4月28日(水) 募金額 37,821円
2回目 5月28日(金) 募金額 45,019円
3回目 6月29日(火) 募金額 25,481円
4回目 10月27日(水) 募金額 26,852円
5回目 11月26日(金) 募金額 28,000円
6回目 12月24日(金) 募金額 47,000円

今年度合計210,173円 昨年度からの総額 599,135円
(1月から3月は寒さのため、7月から9月は暑さのため実施せず。)

 今期は金額の大小に一喜一憂するのではなく、啓発活動に重点を置きました。それにもかかわらず、募金総額が60万円に達そうとしています。表現は良くないかもしれませんが、「ちりも積もれば山となる」をこの活動を通して実感しています。来期以降は、どのような形で残るのか、もしくはやめてしまうのか、わかりませんが、この活動が利用者の社会進出への力になること、一般社会での視覚障害者への理解が深まることを願っています。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

「チャレンジ」利用者エレベーターアナウンス評価モニター参加

視覚障害者授産施設「チャレンジ」施設長補佐 加藤 みさ子

 チャレンジでは、これまで共用品の使い勝手についてモニターとして参加し、ユニバーサルデザイン普及に陰ながら努めてきました。リモコンやエスカレーターなどについては、センターだよりでご報告したとおりです。

 さて今回は新年早々の1月12日「エレベーターアナウンス」についてのモニターに参加しました。エレベーターには、エレベーターのドアの開閉や停止階を知らせるアナウンスや、乗員数オーバーの警告音などさまざまあります。最近のエレベーターはほとんど無人運転です。視覚障害者にとって、エレベーターの表示パネルを「見て」操作したり、確認することはできませんので、「声」のガイドである「アナウンス」は非常に重要な機能です。そのためエレベーターのアナウンスの質の向上についても検討していただけるのは大変ありがたいことです。

 モニターは、想定されるあらゆる状況でのアナウンスを録音したものを実際に聞くことにより行われました。すでに導入されているドアの開閉や停止階のアナウンスのほか、エレベーター内の混雑時にセンサーが反応して「お詰めください」というアナウンスが流れるなど、エレベーターの技術や機能の向上と密接に関連しているのだということが分かりました。
 エレベーターといっても、設置されている場所によって機能が異なるものがありますし、またアナウンスを聞く人の感じ方も千差万別でしょう。いろいろな意見を集約し、ベストなものを工夫しなければならないので、業者さんのご苦労も大変なものでしょう。

 今回のモニターも日立ホーム&ソリューション鰍ウんの調査に協力させていただいたのですが、日本を代表するメーカーともなりますと、このような部門が設けられていて、ユーザーの声を直接吸い上げていただけるのはとても心強いことだと思います。

 ところで大災害が頻発する昨今、最も気になるのはエレベーター内で大災害に遭遇した時です。どんなアナウンスが流れるのでしょうか。そんな時冷静にアナウンスの声に耳を傾けられるでしょうか。そのようなアナウンスを聞くことのないようにしたいものですね。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

[戻る][ホームページに戻る]