[戻る][ホームページに戻る]

2007年1月31日発行 通巻第5781号 社会福祉法人視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

理事長 高橋 実

 遅ればせながら、謹んで新春のお慶びを申し上げます。今年度も旧年に倍するご支援とご協力を切にお願い申し上げます。

 昨年11月11日、センター発足20周年記念事業を盛会裏に終了することができました。本当に心より感謝申し上げます。新装なった杉並公会堂大ホールでのコンサート、グランサロンでの20周年記念式典とセンターにとってはまさに重要かつ重すぎる作業でしたが、それこそ数多くの皆さまのお力添えをいただきながら、全職員が力を合わせてことにあたることができましたので、予想以上の成果を収め、完了することができ、ほっとしている次第です。

 「20年」という年月は、センターにとって未来を占うような貴重な時間でした。先輩や同僚、後輩、街頭カンパのおり協力してくださった方、新聞やテレビなどメディアなどで私のこと、センターのことなど、知ってくださった大多数の不特定のみなさまからの叱咤激励をお寄せいただいたほか、物心両面に渡って限りないご支援をいただきましたことは、今なお言葉には表せないほどの感謝でいっぱいです。

 東京の学生時代の4年間と当時の点字毎日編集長の計らいで就職浪人2年間を「東京駐在」という名刺をくださり、それなりにみなさんの評価をいただいて、取材ができたこと、その後、26年半、点毎のスタッフとして東京をはじめ全国を対象に仕事をしてきました。そして1986年10月、「定年後は上京してそれまでの活動の集大成を応援するから」といわれ、東京にやってきました。私が行動しなければ目的は達成されません。動けば動くほどにこの世界に波風が立つということで、一時は「目的達成には協力するが、大阪へ戻ってやってほしい。無風状態の東京に波風を立てないようにしてほしい」と、会議でも大多数の役員が意思表示するなど、友人関係も険しいときが何回かありました。そんなとき、一貫して私の行動を支持し、応援してくださったのが、亡くなった日本点字図書館の本間一夫先生、職能開発センターの松井新二郎先生、それに今も公私ともにおつきあいしています聖明福祉協会の本間昭雄・麻子ご夫妻でした。そのようなもろもろのことを考えながら、5年、10年、15年、20年という節目をクリアーして参りました。みなさんは、大抵哲学と理論の上に立って物事を考え、行動するのだと思いますが、私はそんな能力もありませんから、体験と感覚でしか行動できませんので、しょっちゅう再々、ご迷惑をおかけしてきたのだと思います。

 この機会に、私事を今一度聞いてください。その経験がその後の私の生き方を決めているのです。視覚障害者にとって、最も適しているといわれる鍼・灸・あんまマッサージが「不得手」だとか「盲学校の職業教育が、鍼・灸・あんまマッサージ一辺倒でおかしい」とかと、いかにももっともらしいことで反発して、中等部(今の中学)3年頃から今で言う不登校になり、旭川盲の先生や生徒ともだんだんに遠ざかるようになるなかで、一向に目標が定まらず3年間は焦りと不安で悶々の生活を送りました。当時は、父親も兄弟も先生も同僚も一人として、私の気持ちを理解してくれませんでしたし、家族は「力になりたくても見えないお前のために、どうすればいいのかわからない。できることは、お前が社会人になれるまでの生活費はどんなことをしても仕送りする」ということでしたが、家族の苦しみは、私のもがき苦しみを倍加しました。

 その後、義務教育で新設された札幌盲に入学した1年間は、たくさんの友と知り合うことはできましたが、進路では取り立ててプラスになることはありませんでした。ただ、舎監長だった女教師が「岩手盲の大堂校長先生だったら、あなたの力になってくれるかも」というサジェスチョンをしてくださり、その一語がその後の私の人生を決めたとも言えます。溺れるもの藁をもつかむ思いで、岩手盲に転校して1年近く、校長や教頭、関係する先生方が私の身になって目標探しに力を尽くしてくださり、結局、「新聞記者」を目指すことになりました。私はすぐ、お山の大将になったり、井の蛙になるものですから、その自分を恐れて、校長に「盛岡一校に行きたい」という希望を出しました。校長は、県教委や一校とも話し合ってくれましたが、当時は無理。「実力もなく正真正銘の井の蛙」だということで、盲学校で私のために普通科を設置してくださり、夜は近くの盛岡一校定時生の聴講生として、通えるように便宜を図ってくれました。また、寮にいたのでは、率先して血に染まる私ですから、盲学校と一校の真ん中あたりで盲学校の先生2人も下宿しておられるところに引っ越しました。お2人とも亡くなられていますが、公私ともにお世話になりました。

 大学志望では、法学部に願書を出しました。ところが、速達で願書不受理で戻ってきました。その日の夜行で校長と私は上京して大学と掛け合いました。学部側は「昼間で盲学生を受け入れたことがなく、六法全書を読むのは日常茶飯事でそれを使いこなすことは無理。卒業後のこともわからないから」と、撤回はしませんでした。校長はそれもありなんと思ってのことか、校長の懇意な同大卒で地元出身の衆議院議員も応援団に呼んでいました。
 たまたま粘っていたのを通りがかりで聞かれたのが文学部教授で進学適性検査(今のセンター試験)で点字問題でかかわっていた渡邊先生が「ごり押ししても意味はない。社会学科なら私の後輩が主任教授だから受験を認めるだろうから」と助け舟を出してくださり、点字入試でパスしました。

 視覚障害者の大学進学が認められたのが1949年で、私の進学が1954年でしたから、学習環境どころか、受験させてもらうのがやっとという感じでした。当時は全国で有料点訳者は3人。それも点字タイプライターを使ってですから、順番がなかなか来ず、私は4年間でドイツ語のテキスト1冊を頼めたほどです。後は、RS(リーディングサービス、今の対面朗読)を利用して自分で点字化したものです。大卒後、2年間の就職浪人を経て待望の毎日新聞大阪本社点字毎日部に入社することができました。私が舐めた苦汁を幾分なりとも若い人達の生き方の中で軽減されればと思い、1954年以来現在まで、これらの問題と取り組んできました。

 視覚障害者の大学進学については、社会の趨勢と少子化によってほとんどの人が受験方法はまちまちですが、入学できるようになりました。また、学習環境については、高レベルの点訳や朗読のボランティアが増えてきたことで、最小限度のテキストや参考書などは入手できるようになりました。経済的な面で奨学生制度も全国を対象にしたものでは、1954年からの聖明・朝日盲大学生奨学生、1986年からのみずほ(元の富士)点訳介助、2004年からのメイスン盲大生奨学生の3つがあります。社会啓発活動も1981年の国際障害者年以来、国や自治体などがバリアフリーとか、ユニバーサルデザインとかいった流れの中で、ハード面は設備するようになり、必ずしもベストとまではいかないまでも、年々改善されつつあるように思います。ただ、私の学生時代とまったく変わらないのが、進路と就労環境です。視覚障害者の適職とまで思われているあはきも、晴眼者の進出で脅かされています。盲学校の職業教育は依然としてあはき一辺倒です。盲学校のセンター化とか、特殊教育から特別支援教育へと制度が否応なしに変わりつつあるのに、生き死にに直接関係すると思われる職業教育や訓練で、きめ濃やかな配慮がなされていないという実態に、私は憤りさえ感じます。今こそ、あはき業界は一層資質の向上を図り、諸先輩が築き上げたレベルを維持するとともに、適正と能力と意欲のあるあはき師を送り込む方策、私のようにあはきに進まなかったものや、進めない人への働く場をつくるための教育の実践が望まれていると思います。私は、センターの窓である月刊『視覚障害―その研究と情報』誌上で、また、与えられる場所で、教育に門外漢であはきの落ちこぼれなりに、素朴な疑問を投げかけていくことが、私のキャッチフレーズ「無謀と執念」だと思っております。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

感謝状9団体と8個人に贈呈

理事長 高橋 実

 センター発足20周年を節目に9団体8個人に感謝状をお受け取りいただきました。本来ならばセンターに何らかの形で関わってくださっている団体や個人すべてのかたに、私たちの日頃の感謝の思いをお伝えしてこれからも一層のお力添えをいただきたいと考えています。ところが15周年記念のときもそうだったのですが、団体もそうなのですが特に個人のかたになりますと(大いに粗末なのですが)形でのものでは受取ってくださいません。「そんな大それた事で私が」と言われ「かえって私が先生やセンターで生きがいを与えてくださっていて感謝しているのですから」と決まったように辞退されます。中には「それなら辞めさせていただきたい」なんて恐ろしいことを言われるかたもおられます。それで今回は個人のかたには記念式典のご案内はいたしましたが、感謝状については一切触れませんでした。失礼千万とか非常識極まりないとかいろいろなご批判もあるかとは思いますが、私に免じてお許しください。簡単に9団体と8個人のかたをご披露します(原則として50音順でご紹介します)。

財団法人 安全交通試験研究センター(岡山県 三宅三郎理事長)
有限会社 ジェイ・ティー・アール(東京都 岡村原正社長)
 月刊『視覚障害――その研究と情報』に長年にわたって協賛広告をしていただくなど財政面でご協力をいただいています。

ケージーエス株式会社(埼玉県 榑松武男社長)
 月刊『視覚障害――その研究と情報』に協賛広告をしていただいているほか、2003年から制定した若い男女毎年ひとりずつに賞を贈るチャレンジ賞とサフラン賞のうち男性版のチャレンジ賞に対する賞金と、両賞に副賞としてブレイルメモを贈ってくださっています。

ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(東京都 大瀧守彦社長)
 法人という立場で支える会員として高額の会費を納めてくださっています。

社会福祉法人名古屋ライトハウス 愛盲報恩会(愛知県 近藤正臣代表)
 日本盲人福祉研究会当初から現在まで毎年一定額の助成を継続してくださっています。

日本自転車振興会(東京都 下重暁子会長)
 センターが2004年から社会参加促進事業として「競い合い、助け合う コンサート――はばたけ視覚障害音楽家たち」に高額の助成金をいただいております。

社会福祉法人中央共同募金会(東京都 長尾立子会長)
 センターが行う専門点訳者養成講座に対する助成や各種事業に対する助成の紹介などで協力していただいています。

財団法人 みずほ福祉助成財団(東京都 山本惠朗理事長)
財団法人 東京メソニック協会(東京都 北村安忠理事長)
 みずほは1986年から盲大学生点訳介助として、メイスンは2004年から盲大学生奨学金制度で、学習支援を積極的に行ってくださっています。

稲富愛子さん(埼玉県)
河辺寿子さん(東京都)
 文月会やセンター職員として勤務していただいた後、読み合わせなどのボランティアとして現在も週1回センターにおいでいただいています。

小山千鶴子さん(埼玉県)
 好評のセンターイメージ商品・絵はがきを、仕事の傍ら製作・印刷して寄贈していただき、センターの運営資金として役立たせていただいています。

川口美樹子さん(東京都)
磧本誠さん・誠子さん(東京都)
平松みつ子さん(神奈川県)
 センターが1987年阿佐ヶ谷で開設以来の専門点訳者で、私のモットーである「正確・迅速」そのものの代表選手でこれまでに数え切れないほどの入力をしていただいています。その上まったく点訳経費や交通費なども受取っていただけません。戦力中の戦力としてこれからも期待しています。特に磧本さんはご夫妻で奉仕をしてくださっています。

宗宮道子さん(東京都)
与野福三さん(滋賀県)
 宗宮さんは私の大家さんで、keiビルに移転した10年前から近くにある青柳マンションにお世話になりました。その後青柳さんはなくなりましたが、毎年高額のご寄附を娘さんである宗宮さんがご寄附くださっています。また与野さんは前職の点毎時代からご夫妻と公私とものお付き合いでしたが、センター開設後は支える会員として高額のご寄附を毎年してくださっています。ただ、残念なことに奥様を病気で亡くされ、今はご長男とご一緒です。

 なお、間違いであってほしいと今なお思っているのですが、川口美樹子さんが去る1月18日午前、急性心不全で逝去されました。67歳でした。お嬢さんがお1人でアメリカで結婚され、昨秋上海に引越しされた頃もお忙しい中センターの依頼に休まず応えてくださっていました。今春ご主人とお2人で上海に出かけるなどと話しておられました。センターの研修会にはほとんど参加しておられ、今もたくさんの入力をお願いしていました。朝、犬と散歩に出かけられ、帰ってから「ちょっと疲れた」とソファーで横になっておられたそうです。ご主人が外出から戻られたときも横になっているので、どうしたことかと近づいてみると息を引き取っておられたそうです。私たちにとっても大ショックで大損失です。皆さまとともに心より哀悼の意を表します。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

新刊書、好評発売中!

三上 奈美恵

 センターでは発足20周年を記念して、昨年11月1日に新刊書2冊を発行しました。
 日本点字委員会顧問の阿佐 博先生に執筆いただいた『点字のレッスン』(定価1,365円/B5判 全80頁)は、初学者向けの点字テキストです。Lesson1〜25まで項目ごとに点字の正書法に基づいた解説と豊富な用例、練習問題がまとめられており(練習問題の解答は巻末に掲載)、自主学習用としても、点訳入門講座用教材としてもお使いいただけます。
 最近では福祉関係の大学や専門学校で点字の講座が開設されたり、一般の高校でも授業で点字を取り上げられることが増えているそうです。
 「従来出版されている点字解説書の大半は、専門的な点訳者養成を目的としたもので、学校の授業に適するものではありませんでした。そこで本書は初歩の学習を目的として、特に高校や専門学校における講座のテキストということを念頭において編集しました。したがって教材の配列にあたっても、年間を通しての計画的な授業を配慮してあります。」(『点字のレッスン』 序 より一部引用)
 センター発行の『点字表記辞典』に次ぐ書として、『点字のレッスン』を皆様に広く知っていただき、いろいろな場面でご活用いただければ幸いです。まもなく点字版も完成いたします。

 谷合 侑先生の歴史エッセイ『挑戦こそわが生命(いのち)――視覚障害者たちの挑戦史』(定価3,150円/A5判 全293頁)では、古代から近代に至るまで、一般にはそれほど知られていない視覚障害者の歴史が綴られています。職業自立するために、様々な分野に果敢に挑戦し、新境地を開拓していった14名の視覚障害者たちの足跡を辿ってみませんか?ぜひご一読ください。
(目次より)
第一部 琵琶法師たちの挑戦・・・人康親王、蝉丸、生仏、明石覚一
第二部 江戸時代における新職業への挑戦・・・八橋城談、杉山和一、塙保己一
第三部 近代先覚者たちの挑戦・・・高木正年、熊谷鉄太郎、森恒太郎、宮城道雄、中道益平、近藤正秋、本間一夫

 ご注文、お問い合わせにつきましては活字書籍担当の三上までお願いいたします。このほかセンターでは50冊の書籍(墨字版)を発行しております。「活字書籍目録」もございますので、お気軽にお問い合わせください。よろしくお願い申し上げます。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

競い合い、助け合う コンサート
―羽ばたけ視覚障害音楽家たち―
コンサートと講演会のご報告とご案内

山本 千恵

 センター主催事業として、日本自転車振興会の補助をいただき開催しております「競い合い、助け合う コンサート」の東京・神戸会場のご報告と、広島会場のご案内をさせていただきます。

 本年度第1弾の東京会場は、11月11日(土)昨年6月に新装されたばかりの杉並公会堂大ホールで開催されました。当日は雨にもかかわらず、約800名のお客様にお越しいただきました。コール・トゥインクルスターの皆様の華々しい歌声で幕が開き、大石亜矢子さんのホールを圧倒する美しいソプラノ、片岡亮太さんの和太鼓と大胡田裕さんの鍵盤付きハーモニカ(ピアニカ)の力強く独創的な演奏、国際的に活躍され昨年のチャレンジ賞を受賞された川畠成道さんの洗練された心に響くヴァイオリンと続いて、ラストは加納洋さんが本場アメリカのジャズピアノとヴォーカル、そしてユーモアたっぷりの温かいトークで会場を沸かせてくださいました。

 続いて神戸会場は12月2日(土)神戸のピフレホール長田で開催し、約300名のお客様にお越しいただきました。「in神戸」の幕開けは珍獣王国の"盲目で車椅子のハーモニカ奏者"山下純一さんと篠原裕さんの楽しくてかっこいいブルース、筒井香織さんの温かい歌声、多くの受賞歴を持つ清水紘子さんの素晴らしいピアノ、近藤敏郎さんのアコーディオンに合わせての合唱で会場はひとつになり、最後は大藪眞知子さんの耳に心地よいシャンソンで幕を閉じました。

 出演者の皆様とご来場いただいた皆様、そしてお力添え下さった地元の皆様のおかげで、両会場とも盛会に開催できましたことを、この場をお借りして深く感謝申し上げます。

 本年度のフィナーレを飾る広島会場は、2月24日(土)広島YMCAホールで開催いたします。クラシックからディズニーメドレーまで、いろいろなジャンルの音楽を楽しめるプログラムになっております。以前にも「競い合い、助け合う コンサート」にご出演いただいた澤田理絵さんと楊雪元さん、広島を拠点に活躍されている三浦裕美さん、全国で講演活動をされている前川裕美さんにご出演いただきます。皆様実力派の方々ばかりです。詳細は下記の通りです。入場無料となっておりますので、お近くの方はぜひお誘い合わせの上、足をお運びいただき、温かい拍手とご声援をお送り下さいますよう宜しくお願いいたします。

★ in 広島
2007年2月24日(土) 12:30開場 13:30開演
広島YMCAホール 国際文化ホール 〈入場無料〉
〒730-8523 広島市中区八丁堀7−11 Tel 082−227−6816

第1部
 講演・ピアノの弾き語り:前川 裕美
 講演テーマ「夢みる力を信じて ―盲導犬グレースとともに―」
 曲目: ディズニーメドレー
    夢はひそかに 「シンデレラ」より
    ベラ・ノッテ 「わんわん物語」より
    ホール・ニュー・ワールド 「アラジン」より
    私だけに ミュージカル「エリザベート」より
    ねがい 作詞:前川喜美恵 作曲:前川裕美

第2部
 ピアノ:三浦 裕美
 曲目: アラベスク第1番 作曲:ドビュッシー
    夢 作曲:ドビュッシー
    小船にて 「小組曲」より 作曲:ドビュッシー
    雨の庭 「版画」より 作曲:ドビュッシー
 中国笛:楊 雪元
 曲目: 357 作曲:照松庭
    タタール族の踊り 作曲者不明
    森の鳥たち 作曲:劉管楽

第3部
 講演・ソプラノ独唱:澤田 理絵/ピアノ:山ア 実予子
 講演テーマ:「演奏家として生きること」
 曲目:歌劇「ランメルモールのルチア」より 悲しみの涙で(狂乱の場)
作曲:ドニゼッティ

出演者プロフィール

■前川 裕美(まえかわ ゆみ) 1997年神戸山手女子高等学校音楽科(作曲専攻)を卒業後渡米。バークリー音楽大学で作曲と編曲を学ぶ。2003年コンサート活動開始。2005年「ゴールドコンサート」(第2回)総合グランプリ受賞。2006年同コンサート(第3回)で雅楽師の東儀秀樹と共演。「第6回全国障害者スポーツ大会 のじぎく兵庫大会」開会式で演奏。現在盲導犬グレースと共に、全国で講演・コンサートを積極的に行っている。

■三浦 裕美(みうら ゆみ) エリザベト音楽大学器楽科卒業。1988年 第38回全日本盲学生音楽コンクール第2位入賞。1998年 ポーランド国立クラクフ室内管弦楽団と協演。2002年日韓青少年ドリームコンサートに出演。現在、各地の学校、公民館での演奏活動や、声楽の伴奏、室内楽も行っている。

■楊 雪元(よう せつげん) 中国天津生まれ。9歳から中国笛を吹く。14歳で、音大教授陸金山氏に師事。1991年長春大学特殊教育学院音楽科入学。1992年中国障害者音楽コンクール器楽部門優秀賞。1994年天津市障害者芸術団入団。2000年全日本盲学生音楽コンクール笛の部第一位。現在京都市立芸術大学大学院修士課程(声楽)在学中。

■澤田 理絵(さわだ りえ) 武蔵野音楽大学卒業。第22回愛のステージで最優秀賞三笠宮寛仁親王妃杯受賞。第21回愛のコンサートで御前演奏を行う。1996年東京メルパルクホールにてデビュー。24時間テレビ旅立ちの時コンサートや愛知万博コンサートの出演をはじめ、交響曲や宗教曲のソリスト、オペラやジョイントリサイタルなど精力的に活動。ウィーン、ブダペスト、ニューヨークなどでも多数の演奏会に出演。2005年第3回サフラン賞受賞。2006年ローマ短期留学。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

世界初! 情報機器展サイト・ワールド

尾田 真弓

 53号のセンターだよりでご案内しましたとおり、11月2日(木)〜4日(土)の三日間、東京墨田区すみだ産業会館サンライズホールにおいて、視覚障害者向け情報機器等を集めたイベントが開かれました。2日と3日の人出は予想をはるかに上回り、どのブースも説明を聞きたい、機器に触れてみたい人たちでにぎわい、出展した各企業とも説明員が食事をとる間もないほどでした。来場者が7000名を超え盛会のうちに終えました「サイトワールド」について、当センターでの取り組みを中心にご報告させていただきます。

 センターは日本点字図書館と日盲社協用具部会を両隣にブース半分を確保して、活字書籍、チャレンジ点図カレンダー、パンの缶詰「パンですよ!」、道産子どん、絵はがき等を販売しました。特にこれにあわせて製作しました活字書籍2点、阿佐博先生著『点字のレッスン』、谷合侑先生著『歴史エッセイ 挑戦こそ我が生命』、サイトワールド開催・センター創立20周年記念販売のパンの缶詰「パンですよ!」は好評をいただきました。

 理事長と職員4名が三日間の会期中、実行委員として店番として事務局手伝いとして会場に詰めていました。それ以外にも授産施設「チャレンジ」の行事としてまた個人的にそれぞれ来ておりました。

 支える会会員の皆様方にも多数足をお運びいただき、理事長や職員にお声をかけてくださり、また売上にも貢献してくださるなど、本当にありがとうございました。日頃からご協力いただいている皆さまと直接ふれあうこともでき、とても良い機会となりました。この場を借りてあらためてお礼申し上げます。

 なお「サイトワールド」成功までの経緯等については、当法人理事でもいらっしゃる実行委員長のケージーエス(株)榑松武男社長の記事が雑誌『視覚障害――その研究と情報』2月号にも掲載されています。ぜひご一読ください。

 最後になりますが、この「サイトワールド」開催を期待して来場くださった多くの皆さまから寄せられる「是非また開催してほしい」「地方でも開いてほしい」といった要望を追い風に、今年も開催することが先日の実行委員会の会議で決まりました。2007年11月2日(金)〜4日(日)までの三日間、同じ会場での開催を予定しております。先のことではありますが皆さま是非ご予定いただき、視覚障害者の環境や各種機器の動向についてますます理解を深めていただけましたら嬉しく思います。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

テープダビング機・点字印刷機の購入費を助成していただきました

尾田 真弓

 この度社団法人昭和会館様に、テープダビング機・点字印刷機の購入費をご助成いただきました。その報告をさせていただきます。

 当センターが運営する身体障害者授産施設「チャレンジ」では、利用者の持てる力に応じて点字校正作業、点字印刷作業、その他の軽作業をおこなっています。

 中でもテープダビング作業は「チャレンジ」開設当初から、視覚障害をもつ利用者にと準備していた作業でもあり、機械は購入から丸8年を過ぎました。最近は作業中に突然止まったり、不規則音が出たりと不具合が続き修理しては使用していましたが、メーカーが生産を中止したこともあり、今後のメンテナンスに不安を感じ、新しくオタリテック(株)製カセットマスター機1台、カセットスレープ機(ダビング機)3台を購入したいと思っておりました。

 また点字印刷作業は、ここ数年当センターが文部科学省著作点字教科書の製作をはじめたことや、時を同じくしてチャレンジ点図カレンダーを製作しはじめたこともあり、携わる利用者が増えてきております。利用者数に対しても印刷機は3台と少ない状況でした。また納期に合わせた印刷工程も短期間になりがちで、少ない印刷機の台数で利用者を急かすような現状でしたので、作業場の雰囲気としてももう少しゆとりを持ちたいと考え、(株)小林鉄工所製点字印刷機1台を購入したいと思っておりました。

 社団法人昭和会館の伊達様から、ちょうどそのように考えていた折に「是非に」とこの度の助成金申請のお話をいただきました。これまでも私どもの事業には格別のご理解を示していただいておりましたが、更に困っていた時の今回のお話はとてもありがたく早速に申請しましたらお認めいただけました。助成決定後は伊木様より種々の手続きについてご指導いただきました。

 1月9日にカセットテープ機計4台、17日には点字印刷機1台を納品していただきました。新しい機械に職員・利用者とも気持ちを新たにしながら、早速使用させていただいております。

 最後になりましたが、今回購入に関しお世話になりました社団法人昭和会館理事 伊達成博様、同公益委員 伊木康通様、オタリテック(株) 小野寺建治様、(株)小林鉄工所社長 小林博紀様に紙上ではありますがあらためて感謝申し上げ、これから大いにこれらの機械を活用させていただくことで、お世話になったことへのお返しを少しずつしてまいりたいと思っております。ありがとうございました。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

理数学習会をはじめました

「理数学習会」担当 尾田 真弓

 私がセンターに勤めはじめてすぐに、点訳者実践養成講座の「理数」講座のアシスタントをしました。もう5年も前のことです。理系への苦手意識はあったものの、受講される点訳者のみなさんの熱意につられて私も最後まで受講できた記憶があります。それから「理数」講座が開かれるたび、私は落ちこぼれて再度アシスタントになりました。

 この9月に第15回養成講座(前期)の「理数」講座を終えるにあたり、理事長から「センターにとって専門点訳を実践してくださる皆さまのお力は大きい。5年間の養成講座を受講してくださった20名とアシスタント、田中さんとで継続的な勉強会をもったらどうか」と提案がありました。そこで実際に勉強会のニーズがあるのかどうかも含めたアンケートをとりましたところ、15名もの皆さまから「参加希望」との回答をいただき、あらためて皆さまの意欲を感じ理事長ともども嬉しく心強く思っているところです。

 会の目標は「今後センターからの点訳依頼をお引き受けいただくため、この会を通して更なる個々の技術の向上を目指す」こと。そのために何をどう学んでいくのかを、11月25日の準備会で話し合いました。

 今後は15名と田中先生、職員で、毎奇数月の第4土曜日午前に学習会を開きます。高校で使用されている教科書をテキストに学びながら点訳実践していく予定です。田中先生と15名の点訳者の皆さんに学びながら、私も5年間書きためたままの「理数」のノートを少しずつ整理していきたいと思っています。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

点訳講習会にうかがって

坂巻 明子

 昨年10月19日から毎週木曜日の午前中2時間、私はセンターからの派遣で東京都稲城市社会福祉協議会主催の点訳講習会の講師として、10週間うかがいました。こちらでは、1年おきに点訳・朗読の講習会を行っているようです。また、点訳講習会については、ここずっと晴眼者の講師が担当していたようでしたが、今年はセンターに依頼があり、触読者である私が担当させていただくことになりました。

 今回の受講生は19名で、比較的30〜40代の女性が多く、男性は1人でした。基礎講座とあって、「点字は初めて」というかたがほとんどでしたが、中には1度くらい講習を受けたことのある人もいました。

 講習を行うにあたり、稲城市の社協のかたに毎回最寄りの駅までの送り迎えをしていただいたり、稲城市の点訳グループ「6点の会」(これまでの講習会修了者を中心に活動をしているグループ)のかたには講習中のお手伝いをしていただきました。基礎講習会ですから、練習器(点字をうつための懐中定規)のはさみ方の指導、パソコンやタイプライターの使い方の指導とデモンストレーションなど、会のかたにかなりお手伝いをいただきました。このようなかたがたのおかげで、講習会が充実したものになったのだと、皆さまに感謝しております。

 講義内容としては、第1回目に講習生と私の自己紹介を行いました。なぜこの講習会に参加されたのかというきっかけを簡単に話してもらい、その内容とそれぞれのかたの声から私はいろいろなことを考え、これからに役立てる材料としていきました。全盲である私には、周りにどのような年齢層の人が集まっているのかという想像がつきませんから、何か話してもらった上で、いろいろ判断していくのです。自己紹介後には、点字の歴史を少し話し、早速練習器を使って文字を書いていただくことになりました。点字をきれいにうつにはどうしたらよいか、50音の成り立ちの説明など、話しながら即実践という形ではじめました。

 第2回目から第5回目までは、数字、アルファベット、特殊音などについて学びました。毎回講義の中では必ず2行ほど文章を書いていただき私がみるということを繰り返していきました。そうすることによって、一人一人の名前と声が一致し、コミュニケーションも深まっていきますし、それぞれにわかっていない部分がどこなのかというチェックもできるようになります。

 第6回目以降は分かち書き中心に講義を進めていきました。また、講義ばかりではなく、視覚障害者についての話も取り入れていきました。道で出会ったらどのような声かけをしてほしいか、音楽家として活動している私にとって工夫していること(例えば化粧の仕方や本番できる衣装の選び方)などの話をしていくと、周りからも質問が出てきて、私と講習生の距離が深まっていきます。

 講習の終わりのほうでは、今後のことについての話も取り入れました。センターが行っている通信教育のこと、稲城市にある点訳グループ「6点の会」の説明、パソコン点訳についてなどを話させていただきました。また講習会のテキストとしては間に合いませんでしたが、センターが昨年11月に発行した『点字のレッスン』(阿佐博著)や、これまで多くのかたに利用していただいている『点字表記辞典』の紹介をさせていただいたり、ちょうど年末ということもあって、センターが製作した「点図カレンダー」の紹介もさせていただき、点字というものを使ってこのようなこともできるという話には皆さん興味を持ってくださいました。

 講習会が進むにしたがって、皆さん自主的に私に手紙を書いてくださったりもして、それはとても感動しました。おかげで、手紙の書き方も説明させていただきましたし、講習会の最後にはそれぞれ感想を書いていただけたらという提案をさせていただいたら、3分の2以上のかたが最終日にもってきてくださいました。

 講習会が年末の忙しい時期と重なったにもかかわらず、またそういう時期だからこそこれまでは脱落者もかなり出ていたようでしたが、今回はそのようなかたがほとんどなく来てくださった皆さんに感謝いたしますし、私は皆さんからのメッセージを通して励まされ、講習1回1回が勉強になり、感動の多いものになりました。

 今回講習を終えられた皆さんは、講習生同士が友達になったことをきっかけに「6点の会」に一緒に入ろうとしていたり、通信教育を受けようとしている人などいろいろいらっしゃるようで、これからが楽しみです。

 一人でも多くのかたに点字を知っていただき、私たちの力になっていただける点訳者をこれからも育てていきたいと思います。
 センターには私を含めて点字技能師が職員に4人います。今回のように派遣講師としても積極的にあちこちおうかがいしていきますので、是非声をかけていただいたらと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

防災訓練報告

高橋 和哉

1.経過報告
 センターでは年に1度、1月17日(阪神淡路大震災が起こった日)に防災訓練を行っています。今回は、ボランティアの方々にも参加していただきました。その結果を報告します。
 参加者 ボランティア6名、利用者9名、職員5名  計20名
 12時30分にセンター2階に集合し、説明を行った後、区外在住の利用者は三鷹駅(5.5km)まで、区内在住の利用者は吉祥寺駅(3.6km)までペアで歩きました。立川駅改札口に14時40分を目標に歩きましたが、三鷹駅組4ペアのうち2ペアが時間までに到着できませんでした。
 立川防災館で地震に対する備えの話を伺い、地震体験しました。

2.まとめ
 「立川駅に14時40分を過ぎたら待たない」という約束事があったので、遅れた人達を待ちませんでした。非情かもしれませんが、この対応が二次災害を防ぐ一番大切なことだと考えています。
 とにかく、大震災時は正確な情報収集と歩くこと(体力)が求められます。正確な情報収集はみずものですが、歩くことは平時から準備はできます。センターでの防災訓練は、これからも歩くことを第一目的と考えております。(特に視覚障害者は長い距離を歩く機会が少ない)
 訓練では、ボランティアの方々にお手伝いしていただきましたが、震災時は頼りにしていません。逆に、酷なようですがご自身で対応していただくようにお願いします。センターより東方面(新宿以東)から来られているボランティアの方々は、大きな人の波に飲まれる可能性が高いので、平時からご家族の方々と話し合って、決まりごとを定めておくといいと思います。
 次回は平成20年1月17日です。純粋に歩くこと(10km程度)を考えています。

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

サイトワールドを利用者とともに見学

「チャレンジ」施設長 飯田 三つ男

 私が担当している「チャレンジ」では、利用者12名(07年1月31日現在)が祝祭日等を除く月曜日から金曜日(9時〜17時)まで点字図書出版事業(主に校正・印刷作業等)を行っています。ほとんどの利用者がその週の大半を当施設への通所に費やしており、実社会に触れることはあまり多くないようです。そこで、「社会に触れること」を「目的」に、レクリエーション活動を実施しました。

 今回はこの「目的」に沿って、昨年11月2日、墨田区江東橋にある墨田産業会館を会場に開催されていた『サイトワールド(Sight World)』(日本盲人福祉委員会主催、当センターも協催)を見学することにしました。当日は同行できる職員が3名のみということもあって、参加した8名の利用者にはそれぞれお一人ずつ(その内2名の利用者にはお2人ずつ)のボランティアさんに付き添って頂きました。(この12名のボランティアさんは、皆さん当施設で校正・印刷作業にご尽力頂いている方々です。)

 曇り空の下午前9時過ぎ、中央・総武線各駅停車にてJR荻窪駅を出発。一路会場のある錦糸町へ。駅の改札口を出ると「サイトワールド」のプラカードを掲げた係の方が何人も出迎えてくださり、また会場に向かう見学者も大勢いて、駅のコンコースにまで「サイトワールド」の空気が流れ込んで来ていました。会場のあるビルに入ると、大勢の見学者でロビーは一杯、そこで早くもエレベーター待ちの足止め!(それまで抱いていた展示会場への期待感は完全に失せ、利用者とボランティアさんが全員無事に荻窪にもどって欲しい、という願いで頭の中は一杯になってしまいました。)

 まず全員で、音声ガイドつきの映画・「ALWAYS/3丁目の夕日」を鑑賞しました。初日ということもありパソコンの調整が不十分で、音声が急に途切れたり突然大きくなったりと……あまり良い環境とは言えませんでした。また若い利用者たちは、「内容が古いことばかりで、面白くなかった」との感想を漏らしていました。

 その後、今回のメインテーマ・大混雑の展示会場見学!(出店ブース数は当センターを始め38ヶ所)利用者はボランティアさんとともに、KGSさん、日点さん、ジェー・ティー・アールさん等思い思いのブースに行き、その展示品に触れたようです。

 会場見学の後は昼食でした。全員同じ食事所に入りましたが、ここでもまた利用者はボランティアさんとともに思い思いのテーブルで、自分の食べたい物を食べたようです。(「ボランティアさんと一緒に食事をしたことが一番楽しかった」と言う利用者も何人かいました。)

 食事後のスケジュールは「公園での散歩」でしたが、利用者の希望により、もう1度展示会場を見学し、16時過ぎ、全員無事荻窪に到着しました。(ボランティアさんに本日の「御礼」を申し上げ利用者に「解散」と言ったとたん、全身の力が抜けて行くのが感じられ、思わず胸をなでおろしました。)

 この日1日、利用者は家族以外の方々の介助を頂いて行動し、実社会にいろいろと触れたことでしょう。後日アンケートを取りましたが、利用者の感想は概ね「良好」で、「また参加したい」とのことでした。
 このようなレクリエーション活動を実施することができたのもひとえにボランティアの皆様のご尽力のお陰であり、この場をお借りして御礼申し上げます。
 (ちなみに私は、翌日プライベートで会場見学に行きました。)

[目次に戻る][「センターだより」トップページへ戻る]

[戻る][ホームページに戻る]