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2013年2月21日発行 第74号 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター

支援センターだより

皆さまへ

理事長 高橋 実

 2月も早下旬に入りましたが、皆さまお変わりなくお過ごしでしょうか。東京に住む私たちは地震におののいておりましたが、最近は天気予報の雪にもおののいている始末です。

 去る7日、8日の両日、大阪で開催の日盲社協点字出版部会職員研修会に参加しての帰り、米原付近の雪で新幹線の各列車が速度を落としたため、10分ほど遅れて東京に着いたのですが、雪に対する抵抗力が弱いと思いながら、9日から2泊3日で、雪と寒さでは引けをとらない北海道は我が古巣・妹背牛市に行ってきました。
 私が雪と暮らした18年間は、雪の量は年々減っているようですが、寒さは相変わらずだったと思います。しかし家の中は、東京や大阪よりは断然温かく、石油ストーブと仲良くしながらアルコールなどいただければ最高だと思いました。
 義姉である兄嫁の七回忌だったのですが、この姉には父が亡くなった1952年以降、58年まで高額の仕送りをしてもらいました。盛岡時代の下宿のおばさんも大学時代の下宿のおばさんも、「高橋さん、社会に出てもこれだけのお金はもらえないですよ」といわれたほどで、他人で私を支えてくれた第一号ともいえます。

 センターは昨年7月21日、「開設25周年記念事業と式典」を行いました。「継続は力なり」と、式典に来られた人たちから高い評価をいただき、とても嬉しく思うとともに、感謝を申し上げます。私の場合、こんにちまで全て継続してこられたのは、「支え」があるからだと思っています。
 「夢」とか「希望」とかいって、小学生、中学生時代に将来のことを書いたり話したりするといわれますが、私は母の過保護で、母の亡くなったその年、1年遅れで旭川盲唖学校に入りました。5年間で初等部を卒業して、職業教育(鍼・灸・按摩)の中等部に進みましたが、医学や実習は難しく、興味も関心も持てずじまいで、中等部2年の後半くらいから、今でいう登校拒否組になりました。教育制度が改まってできた新設校・札幌盲でも、鍼・灸・按摩という職業教育に恐れをなして、溺れる者わらをもつかむ思いで津軽海峡を渡り、岩手盲の大堂他人校長にすがりました。大堂校長らのサジェスチョンをもらい、1年かけてジャーナリストを目指すことが決ったわけです。ここでも、岩手盲の先生方の支えで大学進学という道が開かれました。

 大学生時代は、「盲大生の母」といわれた主婦・芳賀巴真子さんらボランティアに支えられて卒業することができました。目指した毎日新聞社点字毎日は定員枠がなく、公募の見通しもないということで、就職浪人になりました。その折も、日本点字図書館創設者の本間一夫先生ご夫妻や、現・聖明福祉協会理事長の本間昭雄先生ご夫妻らに浪人時代の2年間、仕事を与えてもらいました。両先生ご夫妻の支えがあったればこそ、待望の点字毎日記者にもなることができたのです。

 点毎入社後は数年間の駆け出し時代、外勤は家内が子ども2人の出産後の短い期間を除いて支えてくれましたし、その後は同僚との出張や、10年後ぐらいからは部長の計らいで、事実上私に秘書を配置してもらうかたちになり、仕事も思う存分、定年までの26年半させてもらいました。これまた点毎部員や秘書連4人の支えがあったればこそです。

 一方、日本盲大学生会や文月会、センターでの活動は人のためより、私が進路で、大学で、就職で苦汁をなめたものですから、あとに続く若者がそんな環境から少しでも解放されればと活動したまでのことです。それを数限りない方々が支えてくださったわけです。ですから私は、「継続は支えなり」といっているわけです。

 その『25周年記念誌』ですが、阿佐光也さんにまとめてもらい、写真は小川道子さん、校正は職員だった橋本京子さんに何回かお願いして、ようやく印刷屋に入っています。ただ、少なくとも記念誌は5年は耐えてもらわなければなりませんので、できるだけ間違いを防ぐために、できあがりをあとひと月ぐらい延ばして、皆さまにお送りいたしたいと思います。会員と関係者には寄贈いたしますので、ご了承ください。
 また昨年、全国生活協同組合連合会さまと、全国労働者共済生活共同組合連合会さまより、高額の助成を得て行いました「視覚障害地方公務員、普通科教員の採用状況とその配属先についての全国調査」のまとめが暮れに終り、目下、印刷屋に入っております。
 2000年に入り、特に個人情報保護ということから調査が難しく、視覚障害者の雇用実態がどうなっているのか、まったく分らずじまいでした。そういった状況をそのままにしておきますと、困るのは私たち視覚障害者です。それを、お金と時間をかけて実現しましたのが今回のこの調査です。
 昨年5月1日現在で、地方公務員の任命権者である都道府県と政令指定都市、市町村の人事係と、教員(普通科)の任命権者である都道府県と政令指定都市の教育委員会、人事係などあわせて1833ヶ所に調査用紙を送りました。その後、無回答の人事係に再度調査用紙を送り、8月には1564ヶ所(85%強)からの回答を得て、集計・分析しました。回答自治体に報告書として、来月早々には送る予定です。また、希望される方には、郵送料など500円を負担していただき、お送りいたします。

 今年は、『視覚障害国家公務員、地方公務員、教員の事例集』(仮題)を出版します。先の調査のダイジェスト版を付して、皆さまに実費でお分けしたいと思っておりますので、ご期待ください。

 次に、来る7月の参議院選挙に関わることです。私は以前から、国会議員に若い視覚障害者で、誠実で行動力のある人を送りたいと思っていました。
 今回、浜松在住の河合純一さん(37歳)が、その比例区で出馬する意向を持っています。
 河合さんは、センターが受託している、みずほ(当時・富士)福祉助成財団の奨学生でしたから、早稲田に入学したころからよく知っています。卒業後、静岡県の教員採用試験に合格し、当時、全国的にも珍しい一般中学校の教師を希望して赴任しました。舞阪中学の社会科の教師、一時、教育委員会にも異動していました。パラリンピックの水泳では有名なメダリストで、また映画にも出演していて、知る人ぞ知るのようです。3年前、参議院の静岡選挙区で出馬して、36万票近くを獲得しながら涙を飲みました。昨年は、衆院選静岡7区から立候補しましたが、思いは叶いませんでした。私も応援に出かけましたが、本当に残念でした。今回は全国区ですので、皆さまのご支援次第では、私たちの代表が生まれるものと期待しております。

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創刊300号記念作品を募集します!

 センター発行の月刊『視覚障害』が来る5月、創刊300号を迎えます。これを機に、弊誌が皆さまにどのように活用されているか、また今後に期待することなどを伺い、これからの誌面づくりに生かしていければと存じます。次の要領で作品を募集いたしますので、たくさんのご応募をお待ちしております。

■応募要項
【テーマ】
 弊誌『視覚障害』に関わることであればなんでも結構です。
【応募資格】
 『視覚障害』を読んでいる方、読んでいた、またはこれから購読しようと思っている方に限ります。差し支えなければ購読歴を付記してください。
【字数(様式)】
 点字の場合1行32マス設定で160行前後。墨字の場合3000字以内。
【提出要領】
 別紙に住所、氏名(点字の場合は漢字の説明)、年齢、電話番号を記入した上、封筒に「300号作品在中」と記入し、郵送してください。点字・墨字ともに手書きの場合はそのまま郵送してください。点字データの場合、BASE形式かBES形式で、フロッピーディスクまたはCD-ROMに保存したものを1部添付してください。
【応募締切】
 2013年4月1日(月)必着
【作品の発表】
 優秀作品3編を選び、5月号で発表して順次掲載の予定。なお、3作品にはそれぞれ1万円を贈ります。
【注意】
・応募は1人1点に限ります。
・未発表のものに限ります。
・メール・FAXでの応募はご遠慮ください。
・応募原稿は返却いたしません。
・作品の著作権は当センターに帰属するものとします。

お問い合わせはメール・電話・FAXにてセンターまで。

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第11回チャレンジ賞・サフラン賞の候補者を募集します!

【対象】
チャレンジ賞は男性、サフラン賞は女性。いわゆる若く、身体障害者手帳を所持する視覚障害者。

【資格】
職業自立して視覚障害者の文化の向上と福祉増進に寄与しようとしている人、あるいは、これから職業自立してはばたこうとしている人で、気迫と体力と人間味のある人。自薦他薦不問。

【選考・決定】
選考委員会で各賞とも受賞者1名ずつを決定。5月末までに受賞者へ通知し、『視覚障害』や本誌等で公表する。また関連マスコミにも掲載を依頼する。

【表彰】
賞状と賞金50万円。副賞としてKGS賞(Braille Memo BM16)

【贈呈式】
平成25年6月初旬を予定。

【募集期間】
平成25年1月7日(月)〜4月1日(月)必着

【応募・申込】
応募書類は1月以降にセンターのウェブサイトからダウンロードまたは電話・FAX・E-mailでお取り寄せいただき、必要事項をご記入の上、お申し込みください。

■サフラン賞は2003年3月末に閉鎖された(財)東京サフランホームの残余財産を基金に、同ホーム45年の伝統と実績と精神を継承するものとして、視覚障害のある女性1人を選び毎年贈ります。チャレンジ賞はその男性版として、KGS(株)榑松武男社長より同社創立50周年の記念としてご協力いただき、創設したものです。

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専門点訳者実践養成講座 受講者募集中

【会場】視覚障害者支援総合センター会議室
【開講期間】2013年6月以降を予定(講座により異なります)
【開講講座】日本語初級・中級・上級、音楽基礎、英語、邦楽(点字楽譜利用者連絡会共催)。
【申込締切】4月末。締切ののち講座の要項をご用意いたします。
※日程の合わない方、遠方にお住まいの方向けに通信教育制度(日本語基礎・応用、英語、音楽)を設けています。

要項のお取り寄せ、問い合わせは担当・星野まで。

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月刊『視覚障害――その研究と情報』平成25年度年間購読継続のお願い

 日頃は弊誌をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
 ただいま皆さまのお手元へ25年度からの購読継続のお願いと郵便振替用紙をお送りしております。新年度からもぜひ弊誌のご購読をお願いいたします。購読料は、墨字・点字・テープ・DAISY・CD-R・メール版ともに6,000円(テープ版普通速のみ2本組7,200円)です。

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特定相談支援事業を開始します

「チャレンジ」施設長 高橋 和哉

 平成25年4月1日から特定相談支援事業を開始します。
 相談支援事業にも一般相談と特定相談があります。相談支援といえば、よろず相談のイメージがわくと思います。そのようなよろず相談は、一般相談支援といいます。特定相談というものはそれとは違い、特定のことに関して相談を受けることです。
 その特定相談支援とは、進路の定まらない障害者が相談者となります。相談内容は、その方の進路を決めること。次に決まった進路に進んだ後のモニタリングをすることです。

 障害者自立支援法は、障害者の選択の自由を謳っていましたが、いざふたを開けるとミスマッチがいたるところで現れました。よって、全ての障害者は、まず特定相談を受けることが義務化しようとしています。
 この動きは現場を無視した机上論ですし、非常に強引ですが、お上が決めたことですので強力に推し進めるでしょう。時代の流れに乗るためにも、チャレンジもこの事業を始めることにしました。

 開設するにはそれなりの知識・経験を必要としますが、資金も必要ないですし、場所も少しですみます。それに視覚障害者に関する情報を豊富に持った特定相談施設は非常に少ないと考えられます。よって、困難に陥った視覚障害者のセーフティーネット的な役割として活用していただければありがたいと思っております。

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チャレンジに対する自戒と社会福祉の世界で生きる人への希望

「チャレンジ」施設長 高橋 和哉

 私がチャレンジの施設長になって、3年が経過しようとします。チャレンジは小規模通所授産施設から就労継続支援B型施設になって、2年が経過しようとしています。
 5年前と比較して、利用者は11名から21名に増倍し、作業収入(利用者が生み出した収入)は、400万円から900万円超になりました。職員は、3名から8名(非常勤含む)へ増え、事業収入(施設を経営するための収入)は、1000万円から3600万円と3倍増しました。数字だけを見れば、非の打ち所がないものです。
 しかし、阪神タイガース監督時の野村克也氏の名言「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」の言葉通りで、8年前から今の状況を見越して手を打ってきたことが、たまたま時代の流れにあって、この結果を生んでいます。
 この数字は、現状を反映したものではありませんので、今、喜んでいる場合ではありません。今の状況は、数年後に数字になって現れるものです。
 よって、私はチャレンジの現状に強い危機感を抱いています。目に見える問題さえ、なかなか解決できないからです。

 まずは、自分への戒めです。対外的に施設のアピールをし、利用者の社会参加を進めないといけないのですが、「このあたりでいいだろう」とハードルを下げてしまうことがあります。
 また、現在は40代が2名、30代が2名、20代が1名という理想的な職員構成(体制)ですが、その強みを全く活かしきれていません。
 これら2つの問題は、自分自身の甘えにも要因があります。よって、この1年は、意識して自分に厳しく、社会に厳しく、職員に厳しくすることによって、チャレンジの社会的な役割がより一層明確になると思いますので、頑張りたいと思っています。

 以下の点は個々人の問題と捉えています。
 一番の問題は、「当たり前のことを当たり前にする」ことができません。業務が立て込んでくると、ルーチンワークが御座なりになってしまいます。これは日常的に行っていることの重要性を理解していないと同時に、自分の怠慢に自覚がないから起こるものだと思います。当たり前のことを当たり前にできないと、現状維持もできません。

 2つ目は、業務の引継ぎがスムースにできないことです。自分が受け持つ業務を相手に引き継ぐことは、相手との信頼関係ができていれば簡単です。
この問題は、職員の大きな勘違いにあると思っています。その勘違いとは、「自分があって組織がある」という誤認です。個々の職員は、組織の中で自分の力を発揮しなければなりません。よって、「組織があるから自分が活きる」という自覚を持っていただきたいと思っています。みょうちきりんな自負でもって、個人が組織を振りまわすようなことになると、組織は終わりです。

 3つ目は、社会福祉特有の問題ですが、自分がどうやって給料を得ているのかをわかっていないことですし、わかろうとしないことです。福祉の世界は、経済的な利益を出す必要がない分野です。チャレンジにおいては、利用者のエンパワメント(力を伸ばすこと)、利用者のアドボケイト(立場を代弁して闘うこと)が職員に求められる最低限の役割です。私が現場にいる時は、これら2つのことを地道にやってきた自負があります。個々の利用者の見えない力を積極的に引き出そうと心がけてきましたし、個々の利用者の代弁者として組織と闘って、周りの理解を得る努力をしました。
 今は、充分な職員数ですので、彼らに現場を任せようと、私は積極的に現場から離れようとしています。その現場から離れようとしている私と、現場で利用者の代弁者として働く職員に対立がありません。対立がないなんてありえないことです。そんな立派な組織はこの世に存在しません。

 4つ目は、プロ意識がないことです。福祉の世界は、もちろん優しさを求められますが、それは人間が本来持っている気質です。優しくて当たり前です。この世界で生きていこうと思えば、武器を持たないと通用しません。どんなことでもいいから、興味を持ったことを勉強することが必要です。たとえば専門書を読んだり、講演会に出かけたり、興味のある学会の会員になるなどです。自分の仕事に対してプロ意識があれば、今日より明日、明日より明後日と自分の能力を高めることは当たり前です。それを怠ると生き残れないはずです。プロ意識のない福祉職員は、社会的弱者を食い物にしていると言われても反論はできません。

 私は、7年前に"とりあえず"社会福祉士になった人間です。社会福祉士になった後、自分の興味のある問題を解決していこうとした結果、成年後見人になり、精神保健福祉士になり、専門であった都市計画を勉強しなおすために大学院に行き、福祉と工学の学際的な問題を取り扱うようになりました。今は発達障害という新たな課題に出くわし、勉強しています。
 私が社会福祉士を目指していたスクーリング時に、視覚障害者の方と出会いました。その方の苦労は、実習施設が見つからないことでした。非常に心を痛めました。この出会いが社会福祉士養成指導者になるモチベーションになりました。3年後に、晴れて指導者になることができ、障害を持ちながらも福祉専門職を目指す方のお手伝いをしたいと思っていたところ、なんと2年目に視覚障害者の実習生がチャレンジにやって来ました。
 こんなにも早くに自分の目指したことが達成できるとは思っていませんでした。嬉しくて自分の持っているものをほとんど彼女に伝えました。彼女にとってもいい経験だったと思いたいです。その翌年から彼女が通う大学から講師の依頼が来るようになりました。
 私は、いい加減な気持ちで社会福祉士になりましたが、自分なりに疑問を持ち続けて、それを解決するために新しいことを勉強し続けています。勉強していれば、問題にぶつかっても、必ずどこからか救いの手が伸びてきて、問題が解決できました。それなりに社会福祉の役に立っていますし、それが次の難題へのモチベーションになります。
 よって、社会福祉の世界で生きていく人は、間違っても、障害者を食い物にしていると言われないように、日々勉強をする責務があると思っています。
 チャレンジでも、プロ意識を持った人たちと一緒に仕事を続けたいと思っています。

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和光市の点字初級講座の講師を終えて

北村 雅美

 昨年11月から3ヶ月に渡り、和光市社会福祉協議会が主催する点字初級講座の講師をさせていただきました。私自身外部での講座は初めてでしたし、点字を基礎から教えることも初めてで、いろいろ不安でした。しかし、和光市で活動している点訳グループ「あいの会」の皆さんにサポートしていただけると聞いて、心強かったし少しほっとしました。
 講座の初日、受講する方々の自己紹介の中で、点字を知ったきっかけなどをお聞きしました。中にはすでに少し点字を知ってる方もいらっしゃいました。テキストとして、『点字のレッスン』を使い、点字について理解してもらうことから始め、ゆっくりでも少しずつ点字を書いて覚えてもらうこと、読めるようになってもらうことを中心に講座を進めていきました。最初は名前を書くのも一覧表から1文字1文字探して書いていましたが、4回目ぐらいの講座では、かなりスムーズに書けるようになっていて驚きました。
 講座も半分を超え、内容も難しくなり始め、練習問題も長くなってきた頃、少し受講生の皆さんから感想を聞かせてもらいました。「簡単そうかなと思ったけど意外と奥が深かった」「難しいけれど、少しずつわかってくると面白い」など。この時いろいろな感想を聞くことができたので、残りの講座をどのように進めるか考えることができました。
 1回2時間で、全10回の講座でした。最初はとても長いような気がしましたが、あっという間だったような気もします。使用していたテキストをきちんと終えることはできなかったのですが、点字について少しでも理解してもらえて、これからも点字に関わってもらえたら嬉しいです。初めてのことで、いろいろ戸惑うこともありましたし、勉強になることもありました。この講座に関わった皆さんに心より感謝しています。本当にありがとうございました。

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「競い合い、助け合う コンサート2012――羽ばたけ視覚障害音楽家たち」を終えて

「チャレンジ」職業指導員 三好 明子

 2012年12月1日(土)、当センターでは「競い合い、助け合う コンサート2012」を東京都杉並区にある西荻地域区民センター・勤労福祉会館ホールで開催しました。9割近い集客(300人ちょっと)があり、大変感謝しております。ありがとうございました。

 私は、今回のコンサートではコーラスの伴奏者として、また2人のフルーティストとの共演という2つのステージにピアノで出演させていただきました。

 第1部は、毎年賛助出演してくださる「コール・トゥインクルスター」(女声コーラス)のステージ。このコーラスグループは当センターの理事をされていた星伊久江先生が30年ほど前にコーラスを指導し始め、自主コンサート(チャリティー・コンサート)も20回近く行い、集まったお金を当センターにご寄付してくださっていた団体で、2005年に先生が亡くなられてからも、楽しく歌い続けておられます。団員のほとんどが20年以上続けておられる方々ばかりで、現在では当センターのコンサートになくてはならない存在であり、団員は出演できることを喜びとして、また先生への感謝の気持ちを込めて昨年の舞台にも立ってくださいました。

 第2部は、橋本夏季さんのソプラノ独唱でした。心も音楽も、前に出演していただいたときよりものすごく成長され、体全体で音楽を奏でているのを感じました。現在大学院で勉強されているので、ますます深みのある音楽を作り上げてくれることでしょう。これからがとても楽しみであり、彼女にとっても活躍できる場がさらに増えることを願っています。

 第3部は、綱川泰典さん(フルート)のステージで、今回は大内雅美さん(健常者のフルート奏者)プラス私のピアノという共演で、温かく華やかな音楽を届けました。みなさんに喜んでいただけたようで、とても嬉しく思っております。私はステージの上で、みなさんへの感謝の気持ちと、当センターの地元・杉並で演奏できる喜びで胸が熱くなりました。

 当センターが10年以上続けてきているこのコンサート、来年度もぜひ良い企画ができればと思います。今までにいろいろなジャンルでたくさんの視覚障害音楽家たちが出演していますが、まだまだ全国にたくさんいるのではないかと思います。東京で開催するのはもちろんですが、10年近く前のようにまた全国各地でコンサートを開く企画ができたら良いのではとも思います。このコンサートに出演したことがきっかけとなって良い出会いが生まれ、それが自分の生活に良い影響をもたらしている人も数多くいますから嬉しいことですね。

 当センターがこうして演奏できるステージの場を提供しているというのはとてもすばらしいことです。若い視覚障害者が、音楽を始めいろいろな分野で羽ばたけるようにサポートするのがセンターの役割なのだと改めて思いました。たくさんの方々の土台となるのは大変なことですが、センターが良いかたちで羽ばたく方々への土台作りの中心になれるように、私も頑張って仕事に励んでいきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

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12月21日クリスマス会について

石原 勝裕

 昨年12月21日、施設として初めてのクリスマス会を行いました。
 普段は建物の2階と3階でそれぞれ分かれて作業をしている利用者、日頃パソコンの指導で来られている講師の方々、チャレンジの職員など25名が一堂に会し、クリスマスの音楽が流れる中でお寿司やフライドチキンなど食事をしながらの歓談、途中にビンゴ大会を行い、数字が読み上げられる度に歓声や溜息などが色々なところから聞こえ、予想以上に盛り上がりました。
 リーチの声が上がり始めてからも、なかなかビンゴの声が上がらず、参加者のほぼ全員がリーチという状況になってからは、利用者、職員関係なく更に盛り上がりを見せ、ビンゴになり賞品(お菓子詰め合わせ)を受け取り喜ぶ人、揃わずにがっかりしている人など、悲喜こもごもとなりました。
 しかしながら、皆、会の間を通して楽しそうな表情をしていたので、初めての企画ではありましたが、うまくいったのではないかと思います。来年以降も続けていければと思います。

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チャレンジ高尾山レクリエーション

三好 明子・醤野 晴代・松本 香

 チャレンジの初めての行事として、昨年11月9日(金)、高尾山へハイキングに行ってきました。
 日頃の運動不足を懸念し、レクリエーションと運動不足解消を兼ねてのハイキングとなりました。チャレンジ利用者とボランティアの方々、職員を含め20人程の参加でした。

 チャレンジから、公共交通機関を使い高尾山口まで向かいました。平日にも関わらず、紅葉のシーズンだったためか、駅前は多くの人であふれ返っていました。標高599mの高尾山! 私たちはまずケーブルカーで472mまで上り、ケーブルカーから山頂までを目指すチームと、散策チームの二手に分かれました。幸い天候にも恵まれ、ちょうど良い気温のなか、山登りをすることができました。山の気温と都心の気温では10度ほどの差が出ると聞いていたので、着込んで来ましたが、思っていたほど寒くもなく、歩いていると暑くなるほどで、着ている上着を脱ぎたくなりました。

 山頂を目指すチームは、1号路を通って山頂を目指しました。起伏の激しい道ではなかったですが、普段あまり運動する機会がないので、100段近く連続する階段が出てきた時は、利用者の体力は大丈夫なのだろうか、手引きをしてくださる方々の不安や気疲れはどうなのだろうかといろいろ心配もありました。しかし、みなさんさすが! ペアで楽しそうな話をしながら登っていく様子を見たり、必死に登っているあの体力と集中力には感心させられました。体力的にはちょうど良い負荷がかかっていたのではないかと思います。

  山頂に着いた頃はちょうどお昼時でした。山の頂なので確かに空気はきれいではありましたが、この日は紅葉日和だったこともあったのか、人が多すぎて美味しい空気はあまり感じることができず残念でした。高尾山はこのところ行列のできる店やビアガーデンができたこともあり、どうやら自然が減っているようです。山に来てほんのりとしか感じられない植物の香りにはショックを受けましたが、残された自然は大事にしたいものだとつくづく思いました。

 ですが、山頂の紅葉からは秋らしさを感じ、お弁当を持参し、いつもと違う場所で食べて、ほんの少し普段とは違う味がしたのではないかと思います。昼食後、しばらくして下山です。下りはさほどきつくもなく、ゆっくりとしたペースで下山できました。筋肉痛になるのではないかと恐れていましたが、1日2日経っても筋肉痛にはならなかったので、まだ衰えてはいないようです(笑)。最後まで登れるか心配しましたが、登山を決めた利用者は全員何事もなく、登りきることができました。

 一方、ケーブルカー周辺の散策チームは、ケーブルカー下車後、4階職員の佐藤の指揮のもと、見晴らしの良い(夏はビアガーデンになる)キッチンむささびで親睦を深めました。メンバーは、ボランティアの甲斐荘さん、利用者の海老原さん、古藤田さん、佐藤と醤野の5人でした。

 めいめい好きな飲み物を注文して、佐藤の「かんぱーい!」の掛け声で、のどの渇きを潤しました。普段はフロアもやっていることも違う5人でしたので、自己紹介のようなものから話がはじまり、名前のこと、家族のこと、センターでのボランティアの話など、思わぬほど話がはずみました。
 山頂からの景色を眺められなかったのは残念でしたが、お互いのことなどを聞いたり話したり今まで知らない一面などが見えて、かなり濃密な時間を過ごすことができました。
 そして佐藤の顔がちょうどよい色になってきたところで、山頂より登山組が戻ってきて親睦会はお開きとなりました(笑)

 施設の外に出て、いつもと違う環境でご飯を食べたり運動をしたりして、良い気分転換にもなったのではないかと思います。記念撮影もできて、良い思い出を作ることができました。今回のレクリエーションによって、みなさんそれぞれが普段の作業時間には話さないような話題で盛り上がったり、あまりコミュニケーションをとらない人同士がいろいろ話せる良い機会になったようで、その後の作業時間においても良い意味で積極的にコミュニケーションをしている場面をよく見かけるようになりました。

 いつものことながら、私たちチャレンジのレクリエーションにお付き合いくださったボランティアの方々、本当にありがとうございました。日頃は読み合わせや軽作業などでしかお話をしなかったボランティアの皆さんをとても身近に感じました。またこういう機会を増やしていきたいなと思います。
 利用者も全員参加できなかったのは残念でしたが、今回の反省などを踏まえて、次回はレクリエーションをより多くの皆で楽しみたいと思いました。

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